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第45回人権交流京都市研究集会

第2分科会

 共生社会と人権

  ヘイトクライムと多文化共生

 2号館2101教室

 

                 

−京都第一朝鮮初級学校事件裁判とこれからの課題

 

 

第1部      報告13301515

1.   ヘイトスピーチの実態動画上映

2.   中村一成(フリージャーナリスト)

−京都朝鮮初級学校事件の経緯と被害者の思い−

3.   冨増四季(京都朝鮮初級学校事件裁判弁護団事務局長)

−京都地裁判決の意味と判決後の課題

4.   郭 辰雄(コリアNGOセンター代表理事)

−カウンター活動と今後の課題と展望

  

第2部 ディスカッション−多文化共生を進めるために−15201615

             朴 実(京都東九条CANフォーラム代表)

 

分科会責任者  朴 実 (京都・東九条CANフォーラム)

司  会   金 周 萬 (京都・東九条CANフォーラム)

記  録   小林栄一・宋其和(京都・東九条CANフォーラム) 

庶  務   金 周萬(京都・東九条CANフォーラム)

受  付   藤 喬 (京都暮らし応援ネットワーク)

 

 

  京研集会第2分科会報告

 本年の第2分科会は、「ヘイトクライムと多文化共生」〜京都第一初級学校事件裁判とこれからの課題〜をサブテーマに開催された。2009年12月「在日特権を許さない会」(以下在特会)は京都第一初級学校に押しかけ、ヘイとスピーチ攻撃を仕掛けることにより子ども達や教師・保護者達を恐怖に陥れるという民族差別事件が発生した。そして昨年10月学校側が在特会を提訴した民事訴訟判決では、差別街宣活動は単なる不法行為ではなく人種差別撤廃条約に規定する人種差別に当たると認定し、高額の賠償命令を出すという画期的な内容をもたらした。今回の分科会は「ヘイトクライム」(重大な人種差別を伴う犯罪行為)とは何か、それを許す日本社会の在り様とは何か、それを問うことなくしては「多文化共生のまちづくり」の実現はないという問題意識で開催された。討議の柱は@ヘイトクライムによる被害とはなにかA今回の判決の意味と課題そして人種差別撤廃条約の誠実な履行とは何かB排外主義街宣に対するカウンター活動とは何かの3点が設定された。

第1部は報告会!

分科会の第1部は在特会によるヘイトクライムの記録映像上映から開始された。短い映像だが彼らの言動に驚きの声を上げる方も多く、改めて怒りを共有しながら各報告者の話を聞くこととなった。

報告者の1番目は、永年民族差別の現実を追いかけ詳細なルポを世に問うているフリージャーナリストの中村一成さんが、「京都第一初級学校事件と被害者の思い」として在特会の成り立ちや活動実態と彼らが攻撃した民族教育の歴史を紹介し子供達や保護者・教員の思いについての報告を行った。中村さんは、現在でもこの動画を見て体が硬直すると述べた。京都第一初級学校の保護者や教師には、今でも拒否反応が出る人がいるがそれほど衝撃的映像であると述べその背景を説明した。第一次安倍内閣の時に、「主権回復を目指す会」から分かれて在特会ができた。彼らのやり方は、自分たちの街宣=ヘイトスピーチの映像をネットにアップして支持者を増やす方法を取った。その動きは、埼玉県で不法入国フィリピン人親子の送還問題があった2009年が一つのピークをなしている。この時12歳の中学生の女の子に対しては、日本で生まれ育ち日本語を母語とするのに送還はおかしいとの国内外の運動が起きて一人在留許可が出たが、在特会は同年4月に女の子の中学校に100人でのデモを行っている。同じ頃関西でもピークを迎える。特に京都は、中心メンバーの西村が居住している関係で拠点となった。2009年6月在日外国人の参政権に反対し京都市で200人位の行進をした際、これに反対するメンバーが在特会の桜井誠に殴りかかるというハプニングも起きた。このあたりから在特会もカウンターも過激化し、今も毎週どこかで在特会のヘイトスピーチデモがある。しかし取り締まる法律がないのが現実だ。東の埼玉、西の京都と言われていたが、拠点の一つの京都で彼らが狙ったのが京都朝鮮初級学校だった。

中村さんは、在特会が攻撃した民族学校とは何かについても語った。1945年日本の敗戦に伴い朝鮮は解放された。当時日本に居住する朝鮮人は、解放後いち早く各地に寺子屋方式の国語教習所を作り民族の言葉を取り戻す活動を開始した。東九条では、陶化小学校に間借りする形で民族学校があったが、1949年の民族学校への弾圧が起きて追い出され再び寺子屋方式に戻っていった。そして勧進橋に土地を買い求め第一初級学校が作られるという歴史がある。しかしグランドが無いため、京都市・地元町内・学校での三者合意に基づき隣接の公園をグランド替わりに使用してきたが、この事を不法占拠として攻撃を仕掛けてきたのが在特会だった。民族学校とは何か。保護者達は日本語を母語として育った子供たちに、故郷を与える事すなわち朝鮮語という帰る事の出来る場を与えたいと考えている。そこに攻撃を仕掛ける悪意は許されない。2009年12月4日の街宣は、子供・保護者・教師にとって衝撃的だったが、2〜3回目の街宣の時警察は傍観するだけで在特会を制止せず本当に恐怖を味わっている。特に3回目の街宣時、朝青の防衛隊を押し返す警察にここは放置国家なのかと皆ショックを受けている。社会の信頼関係の崩壊がヘイトスピーチを生み出している。70〜80年代の国際人権規約批准や指紋押捺拒否の戦い、民族学校卒業生への大学入学資格付与闘争等々、少しずつ前進してきた。ましになることがマイノリティの動機付けになっていくが、それを街宣が台無しにしてしまったと述べられた。しかし法定闘争の中で、100人の弁護団や延べ2000人の傍聴者との繋がりも出来てきたと報告を締めくくられた。  

続いて「京都地裁判決の意味と判決後の課題」をテーマに、民事訴訟弁護団事務局長を務めた冨増四季弁護士より判決の意味と在特会の言動を許す日本社会の現状が報告された。

冨増弁護士は京都地裁判決の意味として高額な判決がでたことと、刑事判決が出たことを上げている。司法のプロが見れば在特会は威力業務妨害と即見ることが出来、判決も予想できた。問題はどの程度悪いのかであり、学校という場での被害の深刻さなのだ。ネットの動画を見ても最初学校内で何が起きていたのか弁護団も分かっていなかったのが実情だった。もともと裁判は冷酷なところがあり、民事の金額決定はえいや!決めるときも多い。今回の判決は、自分たちが子供たちを守らねばならないという判決を裁判官自身から出たことが画期的意義がある。在特会は、自分たちの街宣を「表現の自由」といい、「政治的言論をやりすぎた」と主張する。それに対し、政治的言論は隠れ蓑であり、人を傷付ける違法な差別表現である、故に「言論の自由」にあたらないと判決が出された。 在特会の主張をひとつひとつ反論しても不毛である。彼らは、話題性を集めるやり方で人を増やしてきた。裁判でも差別発言を厭わない。多数は取れないが、コアな少数が狙いで動いている。     次に冨増さんは「へイト暴力」のピラミッドの図を示し、今回の事案は在特会だけが問題なのだろうかと提起された。これを支える社会の先入観や偏見・差別が政治情勢の中で膨らんでいると指摘し、警察やマスコミのゆるい対応も下部を大きくしてきた、今回の民事判決はこの下部を絞る効果があったとその意義を語った。その一方刑事判決では、まったく反省していないにも関わらず執行猶予をつけた裁判官の予想ははずれ、現在の街宣の現状を生み出している。記録映像があり、警察が臨場してなぜ逮捕されないのか。警察のバックには国民の世論があるが、そこがいまだ喧嘩両成敗で見てはいないだろうかと提起して締めくくられた。

次に郭辰雄コリアNGOセンター代表理事の「カウンター活動と今後の課題と展望」が報告され、各地のヘイトスピーチ街宣とそれへのカウンター活動の実態が紹介された。

冒頭郭辰雄さんは、ヘイトスピーチとは何かをはっきりさせようと提起した。そしてヘイトスピーチとは、「個人や集団を先天的な属性や民族性等を理由として排除する言動」であり、マィノリティーに対しマジョリティーから仕掛けられる言動である事を示した。そしてヘイトスピーチに対するカウンターの現場での「差別主義者は出て行け」は決してヘイトスピーチではないと語った。2012年4月〜12月全国で126件の街宣、2013年3月〜11月同254件。ネット上の情報では、2009年の在特会会員数7000人、これが2013年11月現在14000人となっている。社会に対する不安感から明らかに規模は拡大してきたが、これを後押ししてきたのが政治的変化だ。自民党が政権に復帰して保守的発信が増加したうえ、中国・韓国との軋轢も増している。この上に在特会の急発展があり、またカウンターの登場もある。2013年2月9日、東京新大久保における在特会の街宣に対し、カウンターの中から「仲良くしようぜ!」と掲げた「プラカード隊」が登場した。在特会は、街宣後店舗への執拗な嫌がらせを始めたが、警察は手を出さないので「しばき隊」が出て阻止活動を行った。同年3月31日の大阪鶴橋での在特会40名の街宣に、200名のカウンターが登場した。昨年の京都では200名のカウンターが登場したし、本年1月の神戸では100名のカウンターが出た。日弁連では、在特会への反対声明を会長名で出している。これまであまり取り上げてこなかったマスコミでも、これで良いのだろうかとの論調になりつつある。韓国外相も韓国学園への攻撃に対し懸念を表明しているし、国連人権小委でも取り上げられている。その一方、在特会問題で国会議員700名にアンケート調査をしたが、回答率はなんと6、4%だった。また表現の自由を理由に街宣申請を受け付け、カウンターを規制しているのが警察の現状もある。

在特会との対峙点として、役所等の公的機関も挙げられる。市民の要望と称して、役所に難題を突きつけ抗議に押しかけネットにアップするのが彼らのやり方だ。本年4月には、宇治市ウトロのまちづくりの開始への攻撃を開始しようとしている。島根の「はだしのゲン」撤去問題も在特会だった。市民社会、行政が毅然とした姿勢を示すことが出来るか否か、今問われているのではないかとして報告を終えた。

第2部はパネルディスカッション!

その後分科会は、各報告者に朴実さん(京都・東九条CANフォーラム代表)も加わりパネルディスカッションが行われた。永年東九条に住み差別と闘った朴実さんは、在特会のため子供たちが本名を名乗れなくならないか心配しつつ、この様な現状をもたらしている日本社会の変容を指摘した。朴さんは70年代に朝鮮初級学校の近辺に住んでいたが、当時朝鮮初級学校の児童が交通事故で亡くなったさい、日本人も朝鮮人も同じ町内ということで行政に陳情を繰り返した経験を持っている。しかし朝鮮初級学校やエルファへの攻撃に対し泣きじゃくる地域の子供達がいる一方、在特会とそれに反対するものに対し「どっちもどっちや!」と発言する地域の役員がいることも確かだ。ヘイトクライムが強まる中、これからどう多文化共生ができるのか、これから考えてみようとの呼びかけをおこなった。郭辰雄さんは、在特会の現状の補足として会場の質問に答え、現在在特会は10〜30名くらいでデモをして、昨年6月をピークとして減少傾向に入っていると語った。その一方郭辰雄さんは、多文化共生の前に反差別を掲げる重要性を強調した。ヘイトスピーチは、マイノリティの戦う意欲を奪うものだし、同和施策として作られてきた人権意識が今潰されようとしているのでは、これとどう向き合うのかを議論する必要があると提起された。また在特会という反社会的存在には人権と歴史性をしっかり持った毅然とした対応が必要である事も提起した。

冨増さんは、民族教育を知ることはヘイトスピーチを知ることだと裁判のなかで考え、民族教育の場で民族差別をしたことが違法であると主張した経過を語った。ヘイトスピーチとは今突然発生したものではなく、歴史的蓄積の中から生まれたと感じるし、是非朝鮮初級学校を見て民族教育を知ってほしいと提案された。またレイシストは日本人として恥ずかしいという視点から一歩踏み出し、差別構造を考える契機にしょうと提起した。

朴実さんは東九条マダンをつぶすため京都市に難癖をつける在特会の動向に対し、絶対負けずに本年も開催すると決意を語られた。

最後に中村さんは、1980年代に諮問押捺拒否闘争でデモをした同じ場所を在特会が街宣している現状を、社会的劣化と表現された。また在特会の攻撃に対するマィノリティーの沈黙の効果も感じていると報告した。それだけ反差別の運動が劣化してはいないだろうかと提起されたうえで、こうした現状への闘いの決意を語られ、会場からの大きな拍手で分科会は終了していった。

 

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