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第53回人権交流京都市研究集会

  第 53回人権交流京都市研究集会基調

はじめに

  

 全国水平社創立100年にあたって

 

.私たちを取り巻く情勢と課題

(1)日本の外交政策と朝鮮半島との歴史

(2)沖縄復帰50年の基地問題

 

.福祉で人権のまちづくり

(1)部落差別解消推進法の具体化にむけて

(2)人権侵害救済法の必要性

(3)京都市内のまちづくり

 

.多文化共生社会を目指して

(1)多文化共生社会の現在位置

(2)多文化共生社会への基盤

(3)日本社会のいま

 

.人権確立に向けたこれからの運動展開

(1)歴史修正主義に抗して

(2)人の弱さを補い合える社会に

 

5.教育をめぐる状況

(1)はじめに

(2)京都市小学校同和教育研究会

(3)京都市中学校教育研究会人権教育部会

(4)京都市人権教育研究集会

(5)おわりに

 

  

53回人権交流京都市研究集会 基調提案

 

はじめに

 

水平社100年を迎えようとする今年。創立大会でなされた宣言では、冒頭「全国に散在する」仲間たちへの団結の呼びかけが発せられ、次には、「過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによってなされた吾等の為めの運動が、何等の有難い効果を齎さなかった」との認識、つまり、江戸から明治への御一新によって「解放令」が発布されたとしても、水平社創立までの50年間において効果はなく、それどころか「これ等の人間をいたわるかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた」との問題意識が発せられます。

水平社創立メンバーである若者たち、彼らの見据えた過去半世紀間の歴史の続きとしてそれ以降の100年がある。そうした視点における現状の評価が必要かもしれません。つまり近代以降の150年というスパンでこの差別の変遷を問い直すことです。

水平社創立宣言の特徴を一言で言うならば、「人間賛歌」ということができます。外の世界に閉ざされた江戸時代。鎖国政策から一変して一気になだれ込んできた西洋思想、富国強兵と欧米化の政策を背景に啓蒙思想を中心にドイツ観念論からニーチェの無神論、マルクスの唯物論と共産主義イデオロギー。宣言を起草した若者たちがどれほどの文献を、どれほど読み込んでいたかの確かな証拠はありませんが、大正デモクラシーを形成した時代背景は確かに近代化のその先に「人の世の熱と光」を願求礼讃させる力がみなぎっていたのでしょう。1922年(大正11年)。しかしその後日本は戦時体制を迎え、1925年の治安維持法、1930年満州事変から日中戦争へ、朝鮮半島、中国、アジアへと植民地主義に基づく侵略戦争をしかけていきます。水平社は1942年、政府に結社届を出さないことで一旦自然消滅し、戦後1946年部落解放全国委員会として再建され、1955年に部落解放同盟と改称し現在に至っています。

水平社創立大会は、1922年3月3日に京都市の岡崎公会堂で開催されたことから、本年3月3日、その100周年を記念する式典がこの京都の地で部落解放同盟中央本部主催により開催されます。また、4月2日には、京都府水平社の創立から100周年ということで、同じく部落解放同盟京都府連合会の主催で記念式典が予定されています。

第53回を迎えた私たちの人権交流京都市研究集会では実行委員会の一翼を担ってきた部落解放同盟京都市協議会ですが、市内11支部の大会、また協議会の総会等では、冒頭で必ずこの「水平社宣言」の読み上げがなされます。被差別マイノリティ当事者が結成した団体が、100年間その精神を受け継ぎ活動を続けてきたということは、世界にも稀有な事実です。その理由としては、差別をこうむる被差別当事者が「殉教者」として「荊冠を祝福」されるだけではなく、「人の世の冷たさ」と「人間をいたわること」を知っているからこそ、全ての人のために深く、強く、熱く人間の解放を願う、その思いが、宣言を読むたびに伝わってくるからです。「人間としての誇り」それは「人間が神に変わろうとする時代」の賜物でした。私たちは、この宣言を何度も声に出して読み、耳にして、そのたびに大きな勇気をもらってきました。しかしそれは、願いが願いのままいまだ叶えられていないことの証左であると同時に、願い続けることの大切さを自覚し続けることでした。

人間が神に変わるためには、人に備わっている理性、悟性への信頼が必要です。合理的判断に基づく人間の行為であるからこそ、人は人として認められるとすることが、自律の根拠であったのです。

しかし一方で、二度にわたる世界大戦の経験は、特に西洋ヨーロッパ世界において、同じ価値観を共有し、同じ理性をたずさえた者同士の戦いとして、西洋人にとっては大きな精神的傷跡を残したと言われています。そして、その教訓のもとに「世界人権宣言」がなされたのですが、現実の世界においては紛争や分断、イデオロギーや価値観の対立がなくなるどころか、深まっています。21世紀こそは人類にとって「人権の世紀」であると標語として掲げつつ、新自由主義的な経済システムは文化や教育、家庭生活や個人の内面や考え方までも浸食し、格差や分断を肯定的に、あるいは仕方のないことと諦めていく社会の空気さえあるのが現状です。

全てを経済効率や金銭に換算していく人間たちの行動によって、地球そのものが大きく傷つけられ、このままでは人間たちが住み続けることのできる星ではなくなってしまうと、若者たちが気づき声を上げ始めています。森林伐採や砂漠化、CO2排出による温暖化等々、環境破壊の影響は、コロナウイルスの世界中の蔓延とも関連付けられ、多くの国の多くの人々がその問題性に気づくきっかけを与えました。こうしたことは、水平社の時代の人々が礼讃した理性や合理主義が決して万全ではないことを示すと同時に、自らの力の及ばない自然や、命に対して謙虚さと敬意を失っていたのではないかという反省を促していると言えます。それは、社会を構成し運営し決定していく存在が、例えば「大人の、男性の、健常者」であるというような、「標準」を設定し、そうではない人々を排除する社会ではなく、性別も、年齢も、国籍も、住む土地も、職業も、家族構成も多様で、特徴のある存在として「人間」が生きていることを前提とし、さらには他の動物、他の植物等、全ての生き物への理解と尊重であるべきことが、この世界で少しずつ共有され始めています。

水平社創立からの100年を踏みしめ、熱と光を心に灯しつつ、真摯に謙虚にその歩みを受けとめて、次の101年目へ、あゆみを進めていきたいものです。

 

 

1.私たちを取り巻く情勢と課題

 

(1)日本の外交政策と朝鮮半島との歴史

 

この間の日本の政治状況を振り返ることは、現状の私たちの暮らし、また、人権を取り巻く情勢が改善していかない原因をさぐるために、意味のあることかもしれません。

2020年9月、歴代最長の7年8ヶ月の政権運営をした安倍内閣を引き取った菅義偉首相は、自民党総裁選への意欲を早い時期から示していたものの、昨年8月をピークとするコロナ感染爆発、医療ひっ迫、死者の増加等への風当たりは強く、党内での「菅降ろし」とも言われる動きの中で、93日、突如辞任を表明しました。総裁選を経て岸田文雄第100代内閣総理大臣が誕生し、104日第一次岸田内閣を組閣したものの、ただちに衆議院解散、総選挙に打って出ました。在位38日は戦後最も短い内閣でした。アベノミクスによる格差拡大に、コロナ禍での非正規労働者の自宅待機、解雇等の状況が若者や女性たちを中心に多くの人々の生活を圧迫したことから、政府与党への批判が高まっていた状況において、第1次岸田内閣の所信表明演説は「新しい資本主義」を掲げ「分配と成長」を目玉としました。野党が掲げてきた「格差の是正」との違いが曖昧となり、投票率も53.68%とさして向上することなく、1031日に投開票された総選挙は与党の絶対安定多数確保という結果となりました。

 短期間に首相が2度交代したものの、外交政策、特に朝鮮半島をめぐる政策は安倍晋三首相が打ち出した政策が踏襲されています。安倍元首相の朝鮮政策の最終版は2019128日、所信表明演説で「戦後日本外交の総決算を行う」と宣言。北朝鮮には慇懃に対話を求めつつ、韓国は相手にせずとばかりに一言の言及もありませんでした。安倍元首相は1993年に国会議員となって以来一貫して「侵略と植民地支配を反省謝罪する国会決議を許さない」との立場で、1995年の村山総理談話と河野談話を敵視し続けました。2000年には官房副長官になり官邸内に拉致問題プロジェクトチームを設置。まさに拉致問題こそを政治的上昇のカギとして2006年ついに首相に駆け上がりました。北朝鮮政府が13人を拉致したとして謝罪し8人は死亡5人が生存と伝えたのちも、相手の報告を嘘と決めつけ「全員の生存」を原則とし続けたのです。それは拉致問題を永遠に解決しないという表明であり、それを理由に北朝鮮との関係を改善しない態度表明でもありました。日朝国交交渉を30年前に始めても、国交正常化にいたらず、北朝鮮は核兵器保有国になっています。現在、岸田首相が「被爆地広島出身の総理として」核兵器のない世界を目指すならば、この事態に全力で対応しなければなりません。「アメリカは遠すぎ、韓国は近すぎる」北朝鮮にとって、有事の標的は日本であり、日米安保があるから安心とは言えないのです。核攻撃を回避する唯一の解決策は対話しかありません。平壌宣言にもとづき、無条件で国交正常化を実行する以外にはありません。互いの大使を交換し合い核ミサイル問題、経済協力問題、拉致問題の交渉を開始することです。アメリカではオバマ大統領時代、キューバとの劇的国交正常化を成し遂げた事実もあります。英国も、ドイツも、カナダも、豪州も、フィリピンも北朝鮮との国交をもっているのですから、隣国の日本ができないはずはないのです。

 そのためにも、韓国との協力関係は不可欠です。昨年は、「旧日本軍慰安婦」として金学順(キム・ハクスン)さんが初めて名乗りをあげて30年という節目の年でした。勇気ある告発により、埋もれていた歴史に光があたり、「慰安婦」とさせられた女性たちが尊厳を回復する闘いが展開されました。2015年には韓国パク・クネ大統領からの要求と米国からの圧力が相まって、安倍政権でありながら政府の責任を認め謝罪し、初めて国費から10億円を支出しました。しかしこの措置に対して、内心相当抵抗していた政権は、条件として謝罪は外相の記者会見のみ、文書では行わない、国費支出もこれが最後であり、追加措置を行わない、今後何もしないと確認させたとされます。その後、韓国に文大統領政権が誕生し、被害者中心主義の観点から、日本が出した10億円を韓国政府が代替するという処置を表明したときには、「最終的かつ不可逆的に」解決された合意に反する国際法違反だという非難を作り出したのです。徴用工問題をめぐっては、独裁政権時代の韓国の動乱に乗じて締約した1965年の日韓条約を盾に「国際法違反」と決めつけて非難を繰り返しています。1987年の韓国民主化以降の朝鮮半島の情勢や、両国の関係の積み上げを無視して断罪の言葉を繰り返す態度は、国際社会からも決して支持されるものではなく日本の孤立化をも生じかねません。

 

(2)沖縄復帰50年の基地問題

 

 また、復帰50年を迎える沖縄では、米軍・普天間飛行場の名護市辺野古への移設について、1996年「5年から7年以内の全面返還」とされながら、すでに26年が経過しています。建設予定地が軟弱地盤であることが判明し、その対策をめぐり玉城デニー知事は設計変更を不承認としました。工事完了予定は早くても2030年半ば、工事費は3500億円から9300億円にまで膨らみ、軟弱地盤を改良する目途がたたなくても、工事を続けることで、大手ゼネコンや建設会社に継続的に税金が投入される構図となっています。沖縄の人々や暮らし、自然を犠牲にしつつ本土を守ろうとする姿勢は、琉球処分以来の、ヤマトの側の差別的態度に支えられているのであり、安倍政権から現岸田内閣に引き継がれている姿勢です。新型コロナウイルス感染が直近で、沖縄、広島、山口の3県に拡大したことも米軍基地でクラスター発生の影響でした。わずか0.6%の土地に在日米軍専用施設の70%が集中する状況を改善していくことは「自由で開かれたインド太平洋」を平和に航海できるための必須条件です。少なくとも日本政府は、沖縄県との話し合いを一切拒み「辺野古移転」のみが唯一の解決という頑なな対応を改めるべきです。柔軟に他者の言葉を受け入れ、第三の選択肢を考慮することも不可能ではないはずです。自分の意に沿わないものを、金銭をはじめ力ずくでねじ伏せようとする姿勢は朝鮮半島も沖縄も同様であり、硬直した政権の態度が、インターネット上のヘイトスピーチにお墨付きを与えているのです。

 昨年128日は、太平洋戦争をめぐって「真珠湾攻撃から80年」との特集が多く組まれました。戦争の悲劇が「アメリカに逆らった奇襲攻撃」にあったとの歴史観で、敗戦以来のアメリカとの強い結びつきを肯定するメッセージであったように思われます。

 そのアメリカもまた中国やロシアへの対応に苦慮しつつ、極東アジア日本という国における軍事基地の位置づけは、米国の事情における防衛拠点と考えられていることでしょう。日本もまた米国の庇護をあてにして安住するのではなく、難しい舵取りながらも近隣諸国との関係について、主体的な外交政策を展開していかなければなりません。

 

 

2.福祉で人権のまちづくり

 

(1)部落差別解消推進法の具体化にむけて

 

 部落差別解消推進法第4条では、相談体制の充実が取り上げられています。しかし、人権委員会の設置が整っていな現状では、法務省人権擁護局と法務局、地方法務局が国の機関としてあり、市区町村では、人権擁護委員が相談活動をしています。ただし国と自治体が十分に連携し、機能しているとはいえません。

 第5条では、教育・啓発の推進が取り上げられていますが、2002年に事業法としての特別措置法が失効して以降は、「同和地区」の文言も行政、学校現場から消え、部落問題学習が大きく後退してきたのが実態です。「推進法」は部落外の人々の差別意識を解消することが謳われていますが、そのためには部落問題学習に必要な人材育成を、制度的にカリキュラム化しながら立て直さなければなりません。

 第6条に定められた部落差別の実態把握は、今後の取り組みや啓発のためにも特に重要です。インターネット上に書き込まれる差別事象は、無知と偏見に満ちた内容ですが、まことしやかに「事実」として拡散し、是正される手段に乏しい現状です。国民の意識調査からは、推進法の認知度が低く、部落差別を聞いたことがあるとした人は77.7%あり、うち、86%が不当な差別であると回答したものの、総論として差別はいけないと表明しつつ、各論として、自らの利害にかかわる結婚や就職については15.7%が身元調査を肯定する態度が示され、「わからない」も含めると4割以上が結婚相手等への偏見・差別意識が根強く残っている現状が明らかとなっています。「推進法」では、地域の実情に合わせた取り組みが求められていることから、まずは地域の実態を把握することが必要です。

 このように、理念法である「推進法」を具体化するために、条例制定を求めていく動きは全国的に展開され、京都府へも一昨年来から、人権確立へ向けた実行委員会や、府議会、運動関係者等の働きかけで、一定の目途がつきつつあります。京都市についても政令指定都市として、条例制定にむけた議論が開始されるべきです。

 

(2)人権侵害救済法の必要性

 

20163月、鳥取ループ・示現舎が被差別部落の地名リストをウェブサイトに掲載したことに対し、「差別を助長する行為」として削除や損害賠償を求めてきた裁判に、昨年927日東京地裁で判決があり、「出身者が差別や誹謗中傷を受けるおそれがあり、プライバシーを違法に侵害する」と判断されました。その上で、示現舎の代表らに該当部分のサイト削除と出版停止、計488万円の賠償支払いを命じました。一方で、地名リストのうち6県分について公開が禁じられませんでした。「差別禁止」の観点ではなく、あくまでも「プライバシー権の侵害」として原告一人一人を精査した結果、被差別部落出身と自ら公にしている人を救済の対象外としたのです。原告側は差別そのものの違法性を認めるよう正面から求めた主張が退けられたことから、訴訟は「勝訴」であっても控訴することを決定しました。

 裁判所としては「差別禁止法」が国内に存在しない現状では、プライバシー侵害がぎりぎりの判断だったのでしょうが、国連の自由権規約委員会、子どもの権利委員会、女性差別撤廃委員会等々から繰り返し勧告を受けている事実を鑑みれば、各々の国際条約から直接に差別禁止の判決をすることは可能だったはずです。実際、2013年朝鮮学校襲撃事件の民事裁判では、京都地裁が人種差別撤廃条約を直接適用することで、損害賠償を認めた事例があったことが想起されるべきです。三権分立の意義に照らして、条約は法律の上位に位置するという原則からも、裁判所が立法府を積極的にリードし公正な判断をしていく姿勢が求められているのです。しかし、このように侵害された「人権」に対して各々の尊厳を取り戻し、回復するために、すでに5年もの歳月をついやし、その間に亡くなってしまった原告の方々もいます。人権侵害の被害者がその救済を求める「人権委員会」が国内に整備されていない現状や、差別を禁止する法律制定という国際的なスタンダードに、この国が追い付いていない現状がその背景にあります。

一方で、こうした「人権委員会」の設置は、マイノリティであるところの被差別当事者のためにだけ存在するわけではありません。例えば、冤罪を産む司法制度改革や、検察による人権侵害等について、市民の立場で太刀打ちできない問題を解決する手段としても重要なのです。韓国では「国家人権委員会」が、2018年、日本の法務大臣にあたる法務部長官に対し、検察官抗告を改善する刑事訴訟法改正案の作成と、再審開始決定に対する抗告の慎重な運用を勧告し、裁判所(大法院)に対しても意見表明し、それを受けた大検察庁公安部が翌年、勧告に沿ったマニュアルを作成したといいます。台湾でも同様の再審に関する法改正が行われています。

袴田事件など無罪を訴え48年もの歳月を死刑囚として収監されつつ、やっと裁判所の再審決定がでたケースでさえ、検察の抗告によっていまだ裁判のやり直しがなさず、さらに8年の歳月が経過しようとしています。部落差別を理由とした見込み捜査で、殺人事件の犯人とされた狭山事件の石川一雄さんは、57年間無実を訴え度重なる再審請求をしながらも、検察が証拠を隠し続け、事実調べがされていないケースもあります。戦時中、日本法に倣って刑事司法制度が作られた台湾、韓国などのアジア近隣諸国からも「人権委員会の設置」「死刑廃止(執行停止)」など人権をめぐる状況の改善は、肩越しに追い越されている現状があるのです。そのように人権政策が整っていないアジアの国としては、北朝鮮、中国、日本の3国がよく取り上げられます。世界的な人権レベルにおいて「普遍的な価値観の共有」がまずは実現されなければなりません。

 また、所在地情報のネット上公開という事案と同時に、特定の個人の身元を暴く戸籍や住民票の不正取得が横行していることも重大な問題です。20218月、探偵業55社からの依頼を受けた栃木県宇都宮市の行政書士が1通24万円の報酬で約3500回にわたり、戸籍謄本や住民票を不正取得した事件が発覚しました。京都市内9区役所でも、32件の取得が判明しました。2020年末から無断で取得された「被害者」への通知が始まっています。繰り返される身元調査を食い止める、根本的な解決策が求められています。

根本的には家族を単位として国民登録をおこなう「戸籍制度」を廃止して、個人登録にすべきであり、実際、すでに一人一人に「マイナンバー」を付与している現状では、市民に対し十分すぎる管理が実現しているのです。出自や身元を含む登録は、差別を温存するためにあえて残しているのだと指摘することもできます。

 戸籍制度廃止が目標としても、身元調査を目的とする戸籍の不正取得を防ぐための手段として、現状では事前登録型本人通知制度があり、年明けの市民しんぶんにも広報が載りました。140万人弱の人口がある京都市で、昨年末までの登録が4000人弱であり、割合は0.3%にも達しません。一人でも多くの市民の登録が求められています。

 

()京都市内のまちづくり

 

昨年9月に発表された「京都市市営住宅ストック総合活用指針」では、これまでの4地区(田中地区、錦林地区、東三条地区、西三条地区)に加えて、新たに久世地区、辰巳地区、改進地区の計画が明記されました。すでに進捗している七条地区をはじめ建て替え事業が完了した千本地区や山ノ本地区など改良事業が進められてきた市内の全地区の団地再整備計画が明確になりました。

先行している4地区(田中地区、錦林地区、東三条地区、西三条地区)では、昨年3月「各団地再生計画(住棟建替え方針)」を受け新年度から具体化が図られます。特に、交通の利便性や生活利便性の好立地を活かしながら、地区の特性を最大限引き出した新たなまちづくりを住民創意でつくりあげなければなりません。

また、各団地再整備計画には、文教ゾーン、居住ゾーン、企業誘致ゾーン、公共ゾーンなどのエリアが配置されています。これらのエリアに誘致する関係機関などの要件は、地域貢献、地域交流、にぎわいなど基準に「まちづくり協議会」を中心に進める必要があります。私たちはこれまでから「福祉で人権のまちづくり」を提唱してきました。改良住宅の建て替えでは、高齢化と人口減少によりこれまでの住戸数を減らすことで空き地が生じていきますが、そうした跡地には、高齢施設や福祉施設等を配置するように求めていきます。また、地域にあった隣保館が「いきいき市民活動センター」に転用され、民間委託がされていますが、委託されたNPOがひとり親支援や、子ども食堂などを運営している場合もあります。地域住民の困りごとに寄り添う接点を見失わない、運動と行政、民間の姿勢が求められています。

そのために今後も、各地区団地再整備計画を住民主体で創造するため、専門家を交えた学習会や他都市への先進地視察等を行い見聞を広げて各地のまちづくり協議会に反映させいきたいと思います。

他方、近年の京都市財政の悪化に伴い様々な制度が見直されて、市民への負担を求めている現状をも認識し、さらに、過去の同和対策事業の進捗過程で啓発の不十分さから一部の市民等にいわゆる「ねたみ意識」が生じ、部落差別の解消から逆行する現象が少なからず生じました。このことから過去の教訓を活かし「まちづくり協議会」には、必ず周辺地域である日常生活圏域(学区自治連など)内の団体等も入った組織にすることが重要です。

 

 

3.多文化共生社会をめざして

 

(1)多文化共生社会の現在位置

 

移民の存在と政策の不在

 

外国人登録者数は、1980年には78万人だったものが2020年には292万人を超えました。そこに国際結婚や帰化などで日本籍を取得した人、ミックスルーツでの日本籍者や無国籍・オーバーステイ(超過滞在者)を加えると、現在300万人をはるかに越える外国ルーツの人々が地域の住民として共に暮らしています。

中国帰国者やインドシナ難民の受け入れを皮切りに1980年代に入ると、グローバル化の進展や1989年の入管法改定(定住在留資格の新設)などの影響で、外国人の増加は継続的な流れとなり、さらに技能実習制度(1993)、留学生30万人計画(2008)などにより加速度的に増加しました。

これら外国籍者のうち半数以上が、「永住者」や「定住者」「日本人の配偶者」など定着性の高い日本で暮らす人たちです。つまり、日本政府が「移民政策はとらない」「移民はいない」とどれだけ言い張っても、日本にはたくさんの移民が暮らしています。広い意味では中長期の在留期間(3ケ月〜5年、更新可能)を定められた人も移民に含めて考えるべきです。何故なら、彼らは在留資格に関係なく日本の地域社会で暮らしており、地域社会に暮らす日本の人々も、彼らの在留資格など全く意識していないからです。

移民政策には、国境の管理をおこなう出入国管理政策と、移民の日常生活を支える統合政策がありますが、日本の場合、統合政策はほとんどとられてきませんでした。「移民がいない」以上、「移民政策は必要ない」というわけです。

そのため、日本に移住してきた人たちは、いわば「サバイバル」のように暮らしてきました。今のままでは、彼ら彼女らにとって生きにくい社会であるばかりか、結果として格差や貧困につながってゆくことになります。今、必要なことは、「移民はここにいる」という現実を直視し、誰もがこの社会で尊厳と権利が保障されるような基盤を整えることです。

 

入管行政の犠牲者ウィシュマさん

 

2021年3月名古屋出入国在留管理局の施設で収容中だったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなりました。語学教師を目指して2017年に来日したウィシュマさんは、学費が払えず日本語学校を退学になり在留資格を失いました。同居男性からのDVから逃れるために警察に逃げ込んだところを不法在留で拘留され、2020年8月に収容されました。その後6か月に及び収容され、体調不良を訴え、歩けないほど衰弱し外部受診を求めたにもかかわらず、ろくな医療も受けられず亡くなったのです。ウィシュマさんは、当初スリランカに帰るつもりだったようです。ところがその後、男性側から脅迫めいた手紙が届き、「今すぐは帰れない」と退去強制を拒否したため、拘留期間が長引き体を壊してしまったのです。

帰国できない事情があり退去強制を拒否する者は、退去強制を受け入れるまで拷問のように無期限に収容することができます。放免制度がありますが、これも法務省役人の自由裁量で、不可とされても理由は一切説明されません。

男女共同参画局によると、DV被害者の保護を図ることを目的とする法律、DV防止法は「国籍や在留資格を問わず、日本にいるすべての外国人にも適用される」ものとしており、在留資格を失った状態の彼女も、当然、保護の対象となるはずでした。代理人を務める駒井知会弁護士は、「警察にDV被害を訴えに行ったのであれば、その報告は入管にも伝わっているはずです。自分で出頭してDV被害を訴えている人を、なぜ、収容する必要があったのか」と指摘しています。

長期収容者のなかには収容期間が5年に及ぶ人もいます。2007年からこの件以外にも長期収容中に亡くなった方は17人おり、うち4人が自殺でした。

おりしも、衆議院で審議されていた「出入国管理及び難民認定法改正案」は、仮放免をする代わりに支援者や弁護士に監理を強いる内容=監理措置制度、難民申請者に対する送還停止効の一部解除、退去強制を拒否した場合に刑罰を科す退去命令制度等、多くの問題点がありました。

この改正案は、ウィシュマさん問題がマスコミ等で大きく取り上げられ、入管行政の人をひととも思わない非人道性が多くの国民に知られ世論が盛り上がったことで、廃案に追い込まれました。しかし都合の悪くなった外国人を、いつでも退去させられるしくみを、法務省入管庁は断念したわけではありません。日本の市民が引き続き注目していく必要があります。何よりも入管法の転換が求められているのです。

先ず、不必要な収容を止めるべきです。そのためには、収容令書発付に司法判断を介入させる、収容期間に上限を設ける、仮放免は逃亡の危険がない限り原則許可、仮放免審理を公開法廷で行うなど、司法的な根拠さえなく入管が恣意的に行ってきた、人間を無期限に監禁し意思を強制的に変えさせるやり方を、司法の関与と国民の見識を反映する形に変えるべきです。

次に、アムネスティ(救済措置)を行うべきです。非正規移民は1993年には、約30万人に達しました。当時、政府も警察も、日本の人手不足を支えている非正規移民の存在を黙認していました。しかし技能実習制度等の新たな労働力導入制度が機能し始める2000年代になると、治安悪化の「元凶」として「不法滞在者半減政策」が実施されることになりました。同時に、在留特別許可も積極的に認められたことによって、非正規移民の数は急減しました。このような歴史は、非正規移民にたいする政府や社会の、ご都合主義的な対応の反映です。

日本での綱渡りのような生活を続けている人たちには、それぞれの事情があります。非正規移民の場合も、暮らしが何十年も長期化する中で、人間関係ができ、子どもが生まれ、生活基盤が作られ、その地が「ホーム」になっていきます。在留資格がないという理由だけで、「ホーム」から強制的に引きはがすことは暴力的で許しがたい行為です。

 

() 多文化共生社会への基盤

 

 2019年入管は出入国在留管理庁になりましたが、新組織になっても「管理」を目的とする姿勢に変わりはなく、その対象が「外国人の在留」にまで拡大されただけです。つまり、外国人にとっては、管理(排除)が強化されただけです。そうではなく、移民に寄り添い、日本での在留を総合的に支え、日本人と移民が共に生き、活かし合うための社会基盤を総合整備する「移民庁」のような新しい組織が必要なのです。そうした新しい組織整備を進めるためには、法的な根拠がなければなりません。外国人人材の確保が目的の経団連ですら「多文化共生を推進するための基本法の制定」の必要を訴え、外国人集住都市会議も、2021年「多文化共生推進基本法」の制定と「外国人庁」の設置を求める提言を提出しました。

移住連(NPO法人移住者と連帯する全国ネットワーク)は「移民基本法」の制定を提言しています。内容としては                 

@人権と基本的自由の権利、政治参与と公務に携わる権利、国籍を取得し離脱する権利

A労働・職業選択の自由、労働条件と同一労働同一賃金に対する権利、住居についての権利、社会保険と社会保障の権利、教育を受ける権利

B正当な理由なく滞在・居住する権利を制限・奪されない

C自由に出国し、在留期限内に再入国する権利

D日本国内において家庭を形成し維持する権利

E文化・宗教信仰の権利、自己の言語を使用する権利、自己の言語・文化・歴史・伝統について教育を受ける権利、民族名を使用する権利。

Fこれらの権利享有を達成するための特別措置(アファーマティブ・アクション)を求める権利

G国と地方自治体は、立法、行政、財政その他必要な措置をとる義務がある

 

「移民基本法」は、日本の法制度の現実からすれば、絵空事のように思えますが、日本がすでに加入している難民条約や国際人権自由権規約・社会権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約など国際人権法が締約国に求めている国際基準であり、多くの国が採用している法規範なのです。これによって矛盾、解決不可能に見える諸問題を解決していく糸口を初めて開くことができるのであり、日本社会にとって避けて通れないプロセスとして、時間がかかっても必ず実現されなければなりません。

 

(3)日本社会のいま

 

 2009年「京都朝鮮第一初級学校襲撃事件」があり。裁判の判決は「日本も加盟している人種差別撤廃条約で禁じる人種差別に当たる」と、人種差別の観点を盛り込んだ、この種の裁判としては画期的なものでした。当時、東京の新大久保や大阪の鶴橋そして川崎市など、在日コリアンが生活しているコミュニティーに、ヘイトスピーチを伴う排外主義を訴える大規模なデモが頻発し、地域社会で生活する権利が侵害される状況に対して、世論も大きな問題として取り上げていました。

2016年「ヘイトスピーチ解消法」が成立しました。これは、外国人差別解消に向けた国の責務、地方公共団体と国民の義務、体制整備と教育・啓発活動義務を盛り込んだ日本で初めての反人種差別法となり大きな意義があります。しかし、罰則のない理念法のため、当時からその実効性には限界があると指摘されてきました。それでも、各地の自治体が条例やガイドラインを作り、排外主義を訴える大規模なデモは減少し、過激な発言も減り、一定の成果がありました。しかし、公道でのデモは減っても、ネット空間では、水面下に潜るかたちで匿名のヘイトスピーチは続き、標的にされる在日外国人の被害も続いています。

 

ネット空間でのヘイト犯罪

長い間、匿名によるネット空間でのヘイト犯罪は犯人を特定することが不可能で、取り締まることができないと思われてきましたが、「プロバイダー責任制限法」が成立してからは、書き込みの削除、発信者情報の開示請求ができるようになり、匿名の個人が特定できるようになりました。また、これを契機にプロバイダーがAI技術を使ってガイドラインに反する書き込みをチェックし、違反したものを自動的に削除する取り組みも行われています。

在日コリアンを親に持つ神奈川県在住の大学生中根寧生(ねお)さん(18)のネット上の差別的な投稿に対する裁判(勝訴)や東証上場会社「フジ住宅」が在日外国人を差別する文章を職場で配ったことに対する裁判(勝訴)など明るいニュースも伝えられています。

社会福祉法人・青丘社が運営する施設「川崎市ふれあい館」の館長を務める崔江以子さんが2111月インターネット上で自身に対する誹謗中傷・差別投稿を繰り返した北関東在住の40代男性に対し、損害賠償を求める訴訟を横浜地裁川崎支部に起こしました。

弁護団の神原元弁護士は、「日本では現行法上で人種差別が違法だということが必ずしもはっきりと示されていない。ヘイトスピーチそのものが違法なのだということを社会的に確立し、判例としても確立していくことが今回の裁判の意義だ」と指摘しました。崔さんは自らの思いを「ネット上の差別書き込みと向き合う時は孤独だが、今回裁判を起こすことができたのは私が一人ではないから。これから始まる裁判は2次被害もともなうものになるが、司法を信じて、仲間を信じて頑張っていきたい。」と述べています。

 

ウトロ放火事件の衝撃

 

2021830日民家と空き家、倉庫など7棟が燃えたウトロ地区で起きた放火事件。幸いにしてけが人はいなかったが、来年オープン予定の「ウトロ平和祈念館」に収蔵するため保存されていた貴重な史料が消失した。京都府警に非現住建造物等放火容疑で逮捕された奈良県の男(22)は、名古屋市でも在日本大韓民国民団(民団)の本部に火を付けたとして、11月に器物損壊の罪で起訴されている。捜査関係者によると、「朝鮮人が嫌い」という趣旨の供述をしている。また、男の地元である奈良県内の韓国民団支部でも不審火が起きており、警察が関連を調べている。在日コリアンへの憎悪感情をもとにした「ヘイトクライム」との見方が強まっている一連の事件。ウトロ地区の人々は、今も不安な日々を過ごしている。」「捜査関係者によると朝鮮人が嫌いという内容の供述をし、ほかにも同様の放火を行ったことを示唆しているという。」(BuzzFeed Japan

 京都の「朝鮮学校襲撃事件」の後、ヘイトスピーチ解消法が制定されるなど、このあいだに社会的な前進もあり、明るい兆しと捉える雰囲気がありました。しかしこの放火事件は12年前のあの時に引き戻されるだけでなく、人が死んでも不思議ではない「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」であることが大きな衝撃でした。

ウトロ平和祈念館の建設を推進している「ウトロ民間基金財団」の金理事は「ネット社会にヘイトが蔓延する世相とは、決して無関係ではないはず。それらが放置され続けた影響が『テロ』として現れたのが、この事件だったのではないでしょうか」、今回の事件に関しても、それは同様で「Yahoo! ニュース」のコメント欄やSNSなどには、「いつまでも放置しておくから」「全員祖国に帰ればヘイトは止む」「(放火をする)気持ちはわかる」など、事件を肯定・支持するような書き込みが散見されました。

金さんたちは市民団体(京都府・京都市に有効なヘイトスピーチ対策の推進を求める会)とともに、声明を発表しました。「二度とこのような事件が起こらないように警察には犯行動機を含む事件の全容解明のための徹底した捜査を求めるとともに、日本政府・自治体がヘイトクライムを許さないという姿勢を明確にしていただきたいと思います」

これを嘲笑うかのように、1219日には、大阪府東大阪市の民団枚方支部にハンマーが投げ込まれるという事件が起きました。

「今後も模倣犯が動き出すことも想像ができます。僕らだって、いつここにハンマーが投げ込まれるか、火がつけられるかって、やっぱり怖いですよ。このままにしていたら、いつか人が死ぬぞ、という強い危機感を持っています」(金理事)

それでも「資料が燃えたのは残念だけれど、別の展示方法を考えればいい」「祈念館を通じてウトロ地区や、在日の歴史を知る人が増えてくれれば、同じような事件が起きることも防げるんじゃないか。多くの人に見に来てもらいたいと思ってますよ」(ウトロ住民)と前を向いて、簡単には諦めていません。

2021年は他にも、多文化共生社会の前進に暗い影を落とすニュースがありました。なかでも、7月「朝鮮学校教育無償化訴訟」において、「無償化の対象から外した国の判断に誤りはない」という広島高裁の判決を支持し、訴えを退けた最高裁判決は許せません。短期的な外交政策や日朝の敵対関係の中だけで、『北朝鮮に制裁を加えたいけど、効果のある外交政策が思いつかないので、朝鮮学校への支援を絞ってみよう』という発想で、子供の教育を受ける権利にて手を付けていくことは、国際人権法の法規範を考慮せず、歴史修正主義者の支配する自民党政権の反韓国・朝鮮敵視政策に追従した判断であり、最高裁の歴史に汚点を残す判決でした。

外国籍市民に住民投票資格を認める「武蔵野市住民投票条例案」についても昨年12月議会で否決されました。排外主義団体の街宣車が走り回り、「外国人参政権につながるから反対」とする国会議員・市会議員たちの反対活動は、街を騒然とした雰囲気にしたそうです。結局、無所属議員の「外国人の住民投票参加は反対ではないが、(これだけの騒ぎを見ると)議論は尽くされていない、時期尚早」との判断で僅差の否決となったのです。

こうしたニュースが続くことは、「移民(外国人)」としてこの国に暮らす人々に社会からの排除感を深め、強い不安をもたらし安心感を奪うことです。共に実行委員を担っているCANフォーラムのメンバー、金さんは、「ウトロ住民を見習い、多文化共生社会への流れは止められない。ただ、ジグザグに進んでいるだけだ、と考えることにする」と言います。協働の取り組みと、歴史や文化的背景などを知る相互理解が、何よりも重要です。

 

 

4.人権確立に向けたこれからの運動展開

 

(1)歴史修正主義に抗して

 

 自分たちの国の歴史を、歪みのない目線で見つめ、過ちがあったら率直に謝罪することは、どの国にとっても簡単なことではありません。「歴史修正主義」と呼ばれる、自国の負の歴史をなかったことにして、歪め、負の歴史の原因をむしろ被害者の側に押し付ける議論さえあります。中でも特筆すべきは、米ハーバード大学のマーク・ラムザイヤー教授が発表した論文です。アメリカの権威ある大学で、彼はあえて日本のマイノリティを研究対象とした論文を数年前から発表しています。しかし被差別部落、在日コリアン、沖縄基地問題などへの言及は、例えば部落民とその運動を説明するために、「暴力的」「犯罪的」「腐敗した」「違法な」といった主観的で偏見的価値観に依存した言葉を多用していると言います。マイノリティの状況を改善するための集団運動は解放同盟も反基地闘争も「ゆすり」「たかり」戦術と記述するといいます。コミュニティの社会的問題の原因を「マイノリティ」側の経済合理的判断にあるとして、利益や利権獲得のためその属する集団に対する差別や周縁化を自ら招いているとする主張です。事実としていくつもの瑕疵(過ち)また「事実の改ざんや偏向した言い替え」がありつつ、補償やアファーマティブアクションなどの政策を行いたくない日米の経済界や政府の一部の人々が、その考えを重宝しているのです。その主張が最も端的に表れたのが昨年の「日本軍慰安婦」をめぐる論文でした。非常にデリケートな問題について、なぜアメリカの経済学者が論文掲載をするのでしょうか。彼のポストに旧財閥系日本企業の資金が入っているという事実はあり、教育機関である大学という場所が、企業活動の影響を受けるという問題点を指摘する人もいますが、むしろ一企業のための論文というよりは、現実に架空の前提を根拠に繰り広げられる論争が、国や社会に分断を持ち込む火種を投げ込む行為となる、社会的影響力の方がより深刻です。英語で書かれた論文に、マイノリティ集団が即座に反論する機会は少なく、日本、アジア、世界中の良識ある学者たちを頼りにするほかありません。ラムザイヤーに反論するいくつかの文章から知ることができるのは、彼のようなモデル化されゲーム論を駆使した考え方は、人ひとりの人生や、状況や、尊厳などに感知せず、経済効率のみで価値判断をくだしていくという、新自由主義の世界観があることです。私たちはそうした考えに、無視を決め込むのでなく、また感情的に潰そうとするのでもなく、課題を克服する論議のきっかけと受け止めて、差別を解消したいと願う人々のネットワークを、積極的に築いていかなければなりません。

 水平社の人々が、自らのマイノリティ性の痛みを人類の普遍的な解放へ、繋げたように、マジョリティの側もその解放のために、マイノリティへの架け橋を必要としているという自覚が重要です。また、少数派、多数派などの立場性は一個の人間においても複合的に在り、どのような自己規定において、どのような肯定や否定がアイデンティティを形成しているのか、様々な交流を通じて知り、理解し合っていくことが大切です。

 

(2)人の弱さを補い合える社会に

 

 水平社創立100年という歴史において、現在80歳の人が子どもだった時、現在60歳の人が子どもだった時、現在40歳の人が子どもだった時、時代はそれぞれに違っていたとしても、きっと自分たちが大人になる頃には差別がなくなると信じていたのではないかと思います。人間への信頼、教育の力を信じていたのではないでしょうか。部落の地名を誰もが検索可能となり、その土地に足を踏み入れた画像をネット上に流す人があらわれるなどとは、想像もしなかったに違いありません。

 それにしても差別のない世界、生きづらさがない世界とは、結局のところどのような世界なのでしょうか。

少なくても今、私たちが獲得した地平では、「皆が同じ」ということではなく「多様で複雑な背景や立場を認め合える社会」が、よりその世界に近いという合意はできているのではないかと思います。そして人の一生は、たとえどんなに努力したとしても、失敗もあり挫折もあり、くじけたり、落ち込んだりするものだということも認めるようになりました。小さな狭い世界で、死ぬまで守られて生きるということは、ほとんど不可能な状況なのですから。そうした道のりで生き続けるためには、失敗しても立ち直ることができること。そのために力を貸してくれる人が周りにいること。助け合う関係があるということだと思います。人権が確立している社会のイメージは、完成された個人が、強く一人一人立っているのではなく、一人で歩むにはあまりにも厳しい道のりを、人々が補い支え合える社会であることに、少しずつ人々は気づき始めているのではないでしょうか。

インターネットという媒体を人類が手にして、世界中の人たちとつながり関係しあう。様々な国や地域の歴史的文化的背景が、対立や紛争の火種になること。複雑で流動的な情勢を理解し、判断することがますます困難な現実があります。そのような情報媒体をつくりあげた大企業(「Google」「Amazon」「Facebook(現Meta)」「Apple」の4つの会社の頭文字をとったGAFAと呼ばれる世界的IT企業)が、世界の富を集中的に手中にし、コロナウイルスの蔓延は、その富をますます増やしたといいます。私たちは、これまで経験したことのない世界に生きていて、情報を発信する仕方や、また、情報を受け取るときの選び方なども、世代を超えて学んでいかなければならないでしょう。

国の振る舞いや方針が、その国に生きる民衆の合意とは限りません。どの国の人々も、常に足元の生活や身の回りの人々の幸福を願いながら生きていることでしょう。その暮らしには、文化や伝統、音楽、美術、文学などの芸術、身の回りの工芸品や衣服や料理などに、培ってきた考え方や知恵が表現されていることでしょう。そのように、様々な土地に生きている人々を理解するために、偏向したイメージを取り除いて、理解していくことが、これから、さらに求められます。

自分の尊厳を守るために闘える人が、他人の尊厳を守るためにも闘えるように。そうして、めぐりめぐれば、他人の尊厳を守る闘いがより、自分の尊厳を守ることに通じるのだと気づいてくれるように。これからも「共生・協働の社会創造」をめざして歩んでいきたいと思います。

 

5.教育をめぐる状況

(1)はじめに

@  同和問題と学校現場

1922(大正11)年33日の全国水平社創立大会において「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で結ばれる水平社宣言が京都市岡崎公会堂で読み上げられました。そして、202233日には100年という節目を迎えます。全国水平社の創立宣言は、世界で初めて被差別マイノリティから発信された人権宣言であり、すべての人間への尊敬と自由・平等がうたわれています。今の社会は100年前に水平社宣言の中で願われたような人と人が尊敬し合える社会になっているでしょうか。

都府(京都市は除く)で2020年に発表された人権教育に関する教職員の意識調査結果報告書によると、「部落差別はいけないことだが、私には関係のない話だ。」という質問に、80%以上の教職員が「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答しています。しかし、年齢層別で見てみると、50歳以上の教職員は、90%以上が「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答していますが、29歳以下になると約70%にとどまっています。また、「そっとしておけば、部落差別は自然になくなっていく。」という質問では、約85%の教職員が「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答しています。年齢層別で見てみると、50歳以上の教職員は、90%以上が「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」と回答していますが、29歳以下になると約80%にとどまっています。

この意識調査の結果から、学校で同和問題について指導する立場で、様々な人権研修を受けている教職員でも認識に違いがあり、また年齢層によっても認識の違いが大きいという実態が見えてきました。2002年に地対財特法(地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律)による施策が終了し、部落差別は段々と見えにくくなってきました。また、人々の部落差別への意識も薄くなり、見ようとしないと見えない状況になってきました。しかし、部落差別がなくなったわけではなく、人々の心の中にはまだまだ根強く残っています。その潜在意識を煽るように、インターネットの世界では、被差別部落を誹謗中傷する根拠のない情報が流されています。このようなフェイク情報を無批判に、誰もが閲覧し受容する状況を許しているのです。

このような現状から明らかなように、2016年に「部落差別解消推進法」が制定・施行されたことも重ねて、今なお部落差別はなくなってはいないのです。インターネットの普及により新たな形での部落差別も生じており、差別の解決と解消を妨げる大きな要因となっています。教育現場では、子どもたちから露骨な部落差別発言などは聞こえてきませんが、けっして彼らが部落差別について全く知らないわけではなく、「実は知っていた」ということが少なからずあります。親や祖父母から聞くというケースばかりではなく、スマートフォンを通じてインターネット上で知識を得ているケースもあります。学校現場においては、人権教育を基盤に据え、人権学習を通して正しい知識と人権感覚を身に付けさせることが、教育課題として再考され、実践されることが求められています。

また、被差別部落の生活実態については、特別施策によって住宅環境などがある程度は改善されたものの、家庭の教育力や文化的な資本という面ではまだまだ厳しいものがあります。2003年以降はそれまでのように学校による実態調査が行われなくなったので、具体的な数値を示せるわけではありません。それでも、学力や登校の状況、さらに進学の実績が「しんどい」と表現される子どもたちの背景に目をこらすと、被差別部落に行きつく傾向が高いことは、直接に関わったことのある教職員であれば、実感として分かるはずです。しかし、そのような低学力、不登校などの「しんどい」背景を理解しようとしなければ、差別の実態は見えてきません。

「今日も机にあの子がいない」という状況がありました。同和教育は、部落差別により長欠・不就学の子どもたちをなんとか学校に来させたい学校に来てほしいという願いのもとスタートしました。では、今「今日も机にあの子がいない」という状況は、学校現場でなくなったのでしょうか。背景や理由も多様となりましたが、多くの学校で「学校に来にくい子」がいます。コロナ禍も重なり「人と人とのつながり」が薄れ、社会的な格差が「自己責任」という言葉ですまされかねない現在。特に、課題を背負わされている子どもほど学力や進路の保障が大きな問題となっています。このような状況の中で、生きる力となる学力を高め、自己実現が可能となるような取組を進めていかなければなりません。同和教育の実践から学び、人権教育を学校教育の根幹に据えた教育実践の意義と重要性は、これまでにも増して高まっています。

教育の現場では、世代交代が続いており、若手教員が全体の半分以上を占める学校も少なくなく、かつての教育実践を知る機会が減りつつあります。これまでの同和教育の柱となる大事なところを精選し、どのように理念を継承していくか、とても重要な時期が迫ってきています。その中で、見えにくくなり、見ようとしないと見えない部落差別の実態や子どもたちの課題について、引き続き研修を深め、確実に同和教育の精神を若手・中堅教員に伝えていかなければなりません。そして、現在目の前にいる児童・生徒を徹底的に大切にしていく教育の在り方を考えていかなければなりません。「互いに尊敬し合い、大切にすることで差別はなくしていける」という共生・協働の社会の創造を目指す水平社の考え方を、今の子どもたちにも社会科などの教科の授業や人権学習、日々の学校生活の中で伝えていくことが同和問題解決をはじめ、あらゆる人権問題を解決するために大切なことだと考えます。

 

A  コロナ禍と学校現場

同和問題だけでなく、社会全体に目を移せば、テレビや新聞、インターネットなどでは、連日、新型コロナウイルス感染症のニュースであふれています。その中で感染者数を伝えることだけではなく、感染者やその家族、医療従事者など様々な職業に従事する方々に対する心ない発言や事象が報道されています。「自粛警察」や「不謹慎狩り」、「コロナ差別」など新たな言葉も現れました。

しかし、このように病気が差別や偏見の対象になるのは初めてではありません。日本では特定の病にり患した人の権利を法律で制限してきた過去があります。例えばハンセン病はかつて「らい病」と呼ばれ、「らい予防法」のもと、本人の意思に関係なくり患者を強制的に隔離するなど、多くの人権侵害を行ってきました。ハンセン病にかかわっては今なお解決すべき問題が多く残されており、その解決を促進するために20094月に「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が施行され、2019年に内容の一部改正もなされました。その他にもエイズなど様々な病気で患者やその家族などが社会から不当な扱いを受けてきた歴史があります。残念なことですがそれは現在においても根強く残っています。

そして、今また繰り返されようとする新型コロナウイルス感染者とその周辺の人々への差別は、以前と同じような構造によって広められていったのではないでしょうか。未知のウイルスに対する恐怖や不安がそのウイルスの近くにいる感染者やその周辺の人々を避けようとする意識を生み出し、言動となって表れました。この新型コロナウイルスは、今後もインフルエンザのように姿を変えながら生息し、無くなることはないのかもしれません。しかし、この感染症によって社会に生まれた混乱、差別は、私たちの意識と行動で収束させることができます。そのことが、コロナ禍を体験した私たちにおけるすべての人権問題の解決に向かう力にもなると思います。

人と人とのつながりを断ち切る新型コロナウイルスの流行と感染による不安の中、昨年度の京都市は卒業式や始業式、入学式などを除き、3月初めから531日まで休校となりました。児童生徒に会えない期間、教育の保障をすべく、学習課題のポストインやオンラインでの学習などの取組が各校でなされていました。

 

(2)京都市小学校同和教育研究会

 

小学校人権教育研究集会は、14回を迎えました。前身の「小学校同和教育研究集会」は、1986年度より21年間続きましたので、併せると35年の歴史があります。小同研集会は、地対財特法が失効した5年後にあたる2007年、「小学校人権教育研究集会」と名称を変更し、同和教育で培った「一人一人を大切にする教育」をキーワードとして、より広がりのある集会として充実・発展をさせていくという展望をもってスタートし、現在に至っています。

2021年度の小人研集会は、4つの小学校を会場として、オンラインと来場を組み合わせた初のハイブリッド形式で開催しました。そして、新たに「同和教育の理念や成果を基盤に、豊かな人権教育の創造をめざして」という主題を設定しました。「豊かな人権教育の創造とは。そして、その実現に向けて心がけていること」とは、具体的にはどのようなことなのでしょう。小同研の若手・中堅の教員に尋ねてみました。

 

20代の教員です。

私は、人権教育を通して、子どもたち一人一人が自分や周りの人を大切にすることができ、事象に対して「かわいそう」という感想ではなく、具体的な態度や行動に表すことができるようになってほしいと考えています。具体的には、他の人の立場に立ち、想像、共感的に理解する力や考えるだけでなく、自他の思いをはっきりと言葉にするためのコミュニケーション能力、自分の要求だけでなく、他人のことを考えられる人間関係の構築などが大切であると考えています。

普段から心がけていることは、一人一人の子どもが安心して日々の学校生活を送れるようにし、学級や学校の中で、自分の思ったことや考えを自由に表現できる環境を築いていくことです。そのために、私は、徹底的に個人を尊重した指導を心がけています。そして、子どもとたくさん関わり、観察することで子ども一人一人に対してのよいところを見つけていき、失敗があっても温かく最後まで見守っていきたいです。一方で、人を傷つけるような行為があったときには、毅然とした態度で即時の対応が大事であると考えています。

このように一人一人の子どもにしっかり向き合うという日々の指導を通して、いじめや差別がなく、子ども同士がお互いを大切にすることのできる集団作りを目指していきたいです。

 

30代の教員です。

私は一人一人を大切にするために、まず児童理解・家庭理解に努めています。地域格差、経済格差、教育力格差などの言葉があるように、子どもの力ではどうしようもない問題というのが存在します。家庭に目を向けると、食事が十分にとれなかったり、学習に必要な準備物など用意できなかったりする家庭が現在もあります。そういった児童にとって必要な支援を見極め、学習活動で子どもたちが不利益を被ることなく、皆と同じスタートラインに立てるよう、必要な支援を行うことを大切にしてきました。クラスには様々な児童がいます。子どもたち一人一人に合った支援と、つながりを意識した学級経営を私は大切にしてきました。

しかし、これらは決して一人では達成できません。すべての教職員が協力・連携・共有し達成されるものです。全教職員がチームとして一人一人の子どもたちをだれ一人取り残さず、大切にするという姿勢を共通理解し、実践していくことが何よりも重要であると考えています。

また、現在、人権という言葉が忘れ去られていたかのように、ネットではコロナ感染者、コロナに関わる医療従事者に対する、誹謗中傷的なコメント・嫌がらせ・いじめが横行しています。GIGAスクール構想が整備され、子どもたちも低学年から積極的にネット環境につながり、情報社会、誹謗中傷社会の一面を目の当たりにしていくことになるでしょう。子どもたちはどのような反応をするのでしょうか。私は何も難しくはないと思います。大切なのはそこに人を幸せにする行動や言動があるかではないでしょうか。人権という言葉の意味が分からなくても、その場面でみんなが、あなたも私も、すべての人が幸せになることを邪魔されることなく、思いやりややさしさの気持ちをもってつながっているかだと思います。

私はその姿勢をすべての教育活動で子どもたちに示していきたいと思います。予測困難な未来を生きぬかなければならない子どもたちは今まで以上に他者とのつながりの大切さを意識させていかなければなりません。そして、自分も他者も大事にし、すべての人の幸せを尊重していける環境を目指していきたいと思います。

 

40代の教員です。

学校としても個人としても「自分を大切にすること」「他(ほか)とのつながりを大切にすること」の二点を大きな柱として人権教育を進めています。「自分を大切にすること」とは主に「自分の心と体を大切にすること」と「自分を成長させること」と子どもたちには話しています。そして、この二点につながるように全ての学習・活動を進めています。例えばルールを守ることは自分や周りの人の安全を守ることであり、自分の命や体を大切にすることにつながります。

「他とのつながりを大切にする」とは金子みすゞさんの「わたしと小鳥と鈴と」のなかに書かれている「みんなちがってみんないい」の言葉が子どもたちにはイメージしやすいのかと思っています。みんなそれぞれ違いがあるということを正しく知り、その違いを認め合うことが大切であると考えます。それぞれの違いを正しく理解するためには、自分の家族や気の合う友だちだけではなく、様々な人とかかわっていく必要があります。そのためには、子どもが自分たちだけでは普段かかわる機会の少ない人と接する機会を意図的に作っていく必要があります。例えば異学年交流やたてわり活動などクラス・学年、また時には学校をも越えた活動を積極的に進めてることも大事です。また、子どもたちが、普段の生活の中では中々かかわることができない人との出会いや様々な人権にかかわる学習機会などを意図的に設定することで新たな経験ができたり、正しい知識を身に付けたりできるようにしていきたいと思っています。そして、正しく判断し、進んで実行していける子どもへと成長させていきたいと考えています。

最後に私は、これからも子どもの背景に目を向けることを大切にしながら「自分を大切にすること」「他とのつながりを大切にすること」を子どもたちとともに意識し、様々な取組を推進していければと思っています。

 

(3)京都市中学校教育研究会人権教育部会

 

京都市中人研では「人権教育を学校教育の根幹に据え直す」という言葉を大事に取り組んできました。京都市中人研でも何かできることはないかと手探りの2020年度でした。

京都市における「小人研集会」「中人研集会」「高人研集会」など、50年にわたる長い歴史を誇る各校種の集会も中止せざるを得なくなりました。中人研ではせめて、この期間に感じたことや訴えたいことを発信できないかと「中人研だより」を発行しました。コロナ禍にあるいくつかの学校や教師の取組、そこにある思いを全市の教職員に紹介できたことは、昨年度の中人研の成果の一つです。

続く2021年度は、凌風小中学校に会場を移して、中人研集会を開催することができました。分散会では、7つの中学校から発表があり、意欲的な人権教育の取組が報告されました。うち1つの分散会では、若手教員が自信をもって同和問題指導を行うためのワークショップが、ベテラン教員によって開かれました。「差別される側に原因があるのでは?」「(旧)同和地区を分散させればいいのでは?」という質問にどう答えるかという問いや、「差別がなくならない理由は何か」などの問いが提示され、熱心な議論が交わされました。ベテランから若手へ、同和教育の熱い気持ちが伝承される機会になったと感じます。

 

(4)京都市人権教育研究集会

 

2020年度10月の京都市人権教育研究集会では、小学校、高校とも連携し、パネルディスカッションの開催としました。感染のリスクもある中、安易に集会を中止するのではなく、継続することを模索したのです。当時の中人研会長が開催する方針を提案した時、その場が「本当にやるのか!?」といった雰囲気に包まれたことを覚えています。何事も中止するのは簡単、気持ちも労力もその時は楽になるかもしれません。たとえ、コロナ禍であったとしてもやり続けるべきことなのではないかという思いから開催に至りました。集会は全体会のみの開催とし、若手教職員を対象にした内容に絞り、練りました。中堅教職員がコーディネーターとなって、ベテラン教職員に対して質問を投げかけるという形のパネルディスカッションです。終盤にはフロアからも多くの質問が出され、時間内には全て返答しきれないほどの状況でした。同和教育の歴史、同和教育に向き合ってきた思いをベテラン教職員から聞かせてもらうことは、これからの京都市教育を担っていく教職員にとってとても参考になり、勉強になりました。当日は、例年と同程度の参加者数になり、感想も「対面で開催し、同じ場所で同じ時間に同和問題に真剣に向き合うことの意義があった」という内容がありました。また、時間内に答えきれなかった質問に対しては、後日「QA集」にまとめ、対応しました。

 

○「QA集」を作成したある教員の感想です。

人権教育についてはまだまだ十分な知識も経験もありませんが、いくつかの回答例を書かせてもらいました。私に課せられたのは「同和教育を推進してきたその理念を現在様々な課題を背負わされている子どもにどのように活かすか」という問いでした。そこでは自ら回答例をつくり、他の先生方に学びながら回答を完成させました。その回答とは、「同和教育を推進してきた理念とは『差別を乗り越える確かな学力保障』と『差別に立ち向かう集団(仲間)づくり』の二本柱と理解しています。そのための生徒理解において、家庭や生活の環境、課題の背景まで深く理解する視点を教職員が持つことが必要だと考えます。どの児童・生徒にも課題はあります。その課題の理由を児童・生徒の『やる気』という自己責任におしこめてしまうのではなく、自立に向けてどのような手立てが必要なのか。課題の見取りと改善のための方策を計画する教職員の資質を磨く必要があると考えます。また、差別と向き合うことは厳しく、困難なことです。そのなかで、支え励まし合うためにも仲間に恵まれることは重要です。その仲間づくりのために差別に立ち向かう集団として学級があることは必要な経験だと考えます。特に課題を多く背負わされている児童・生徒を中心に据えた集団づくりをすることは、どの児童・生徒も差別しない存在と差別されない存在として育むことができると信じています」としました。この回答例をつくる経験は、改めて同和教育とは学力保障と仲間づくりなのだと整理がつきましたし、自らの人権意識を磨く貴重な機会になりました。 

かつてのように施策があるわけではありません。「働き方改革」により教職員の超過勤務について見直しもされています。また、生徒を取り巻く環境も目まぐるしく変化し、課題は複雑化しています。昨年の休校措置によって生徒の様子も、学習風景も大きく変わりました。中学3年生の進路指導では、休校中の過ごし方で家庭の教育力や将来展望の持ち方が、進路に大きく影響を与えたように感じました。このことは、同和教育を実践する時にとても大切にしてきた視点で、頭では十分理解しているつもりではいたものの、コロナによる休校を経験したことでその重要性に改めて気づくことができました。高校に進学してやりたいことが明確にできない生徒もいました。高校見学会へ参加したり、夏季大会の結果から進学先を定めたりしようとしても、なかなか目標を考えさせることができず、指導の難しさも感じました。

しかし、生徒本人や保護者と面談を繰り返すことで目標を考えさせることができました。確かに昨年度と比べると生徒が学校で過ごす時間は長くなりました。しかし、生徒の成長にとって学校生活が全てではないことから、成育歴や家庭での環境を見取っていくことは重要であると思います。家庭訪問ではそれを見取ることができます。その家庭訪問における思いや視点は大事だと思います。それはまさに「同和教育の精神と考え方の普遍化」であり、これからの学校教育にはそれが必要なのだと思います。同和教育が大切にしてきたものは「徹底した生徒理解に基づき、差別を乗り越える確かな学力を保障し、進路を保障すること」そして「差別に向き合うことのできる仲間づくりをすること」だと学ばせてもらえたからです。

人権学習の時に大切にしていることが3つあります。1つ目は、だれもが差別する側にもされる側にもなってしまうということです。2つ目は、物事や人を見るとき、何かの思い込みを基に判断してしまうことがあり、思い込みや先入観が偏見に、そして偏見が差別につながるということです。3つ目は、差別を広げる「3つの無」です。具体的には「無意識」「無関心」「無知」のことで、逆に差別を解消するには「意識をして、関心を持って、知ること」が大事だと生徒に伝えています。人権学習では自分事として受け止められる教材を選び、痛みを共感できるようにし、自分のできる解決方法を考え、学級で交流し、ありのままの自分をありのままで受け入れられる集団を、そしてありのままの隣人をありのままで受けいれられる社会を築くことを目標にしています。偏見に気づき、差別に向き合える集団や社会をつくるために教育が果たす役割は大きいです。義務教育の最終段階までで、生徒にどこまで差別に向き合うための素地を培うことができるかが重要です。もっと明確に課題意識を持ち、もっと学んでいくことが大切だと考えています。

 

(5)おわりに

 

以上、4名の教員の思いや考えとともに、教育現場の取り組みを紹介してきました。ここまで述べてきたように、小同研の「同和教育の理念や成果を基盤に、豊かな人権教育の創造をめざして」という研究主題と、中人研の「個が輝く人権教育の創造」という研究主題への追究は、決して特別なものではないということを確かめておきたいのです。同和教育を基盤とした豊かな人権教育の創造とは、決して特別なものではなく、「一人一人の子どもを徹底的に大切にする」という本市教育の根幹そのものだということを感じていただけたのではないでしょうか。私たちがめざすものは、一人一人の子どもの実態に応じた「公正な」教育を全教職員・保護者・地域等がワンチームとして進め、社会関係資本の充実を図っていくものです。そして、次代を担っていく子どもたちには、様々な人、様々な事象に触れる機会が不可欠であり、そこから学んだ「知識・態度」を行動へと正しくつなげていくことが大変重要であると考えます。私たちは、子どもたちの成長過程において、学校教育の場で必要な機会と経験を保障していくことを常に目指しています。

 しかし、新型コロナウイルスが猛威を振るい、その勢いを収める様子もない現在、教育現場においてこの「一人一人の子どもを徹底的に大切にする」という根本的な教育保障がなされているでしょうか。今後も、教育現場がその公共性を保ちながら、教育活動に臨むことができるのでしょうか。コロナ禍において、しんどい状況にある、しんどい成長背景をもつ子どもたちへの教育保障は滞ったか、もしくは後退したのではないでしょうか。学校教育は、子どもたちの成長過程に社会的に関わって機能しなければならないのに、近頃、何でもかんでも、教育の機会均等ですら自己責任にすり替えられているところが目立ちます。社会関係資本とのかかわりによって、子どもたちが社会力を身につけ、自己を確立し、新たな社会を築く礎となる構図は、文化資本の充実と経済的格差への偏重になって、進路保障は自己責任であるという風潮によって崩壊していきます。コロナ禍によって急進的に推し進められたGIGAスクール構想や経済界が主導する個別最適化学習の推進なども教育の自己責任化の一翼を担っていると考えることができます。

私たちは、小同研・中人研から発信する研究主題が、抽象的なお題目とならないように、あらためて実質的に意義のある行動の指針として、多くの教育活動の協働を求めていきたいと訴えます。今後は、同和教育が歩んだ確かな活動の歴史から学び、日々の教育活動の構成と構造を再認識する必要性を、「人権教育を学校教育の根幹に据える」ことをもとに確かめていきたいと考えます。