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第50回人権交流京都市研究集会

  分科会

「共に生きることをめざして」

〜これからの人権教育の課題と展望を考える〜

                         大谷大学2号館2202教室

 

パネルディスカッション  

「外国につながりをもつ児童生徒に対する取組の現状と今後の展望」

   コーディネーター 呉 鎬(お・よんほ)(世界人権問題研究センター)

   パネリスト    松尾 篤志(京都市小学校外国人教育研究会)

            尾中 尚史(京都市立中学校教育研究会人権教育部会)

講  演       

「学校における共生を考える――マジョリティ問題としてのマイノリティ問題」

鎬 

 

分科会責任者  鳥屋原 学(京都市小学校同和教育研究会)

分科会庶務   川端 宏幸(京都市立中学校教育研究会人権教育部会)

司 会     山口 寛人(京都市小学校外国人教育研究会)

               岡本 暢宏(京都市小学校同和教育研究会)

記 録     黒岩 寛史(京都市小学校外国人教育研究会)

 

討議の柱

 一人一人の違いを認め合い,すべての子どもが自尊感情を高めることができる学校づくり,すべての子どもの人権が保障され,アイデンティティの確立に向けて支援できる学校づくりをめざそう。

〇在日韓国・朝鮮人児童生徒が民族性を自然に発揮できる学級・学校づくり

〇新渡日の児童生徒に対する教育保障の内容

〇多文化共生を目指す教育への展開

 

○パネルディスカッション 

「外国につながりをもつ児童生徒に対する取組の現状と今後の展望」

パネリストの松尾篤史さんは,京都市立小学校で現在6年生の学級担任をされている。5年生時に総合的な学習の時間で取り組んだ外国人教育について報告をしていただいた。

・総合的な学習は,「探究的ハートフル学習」と位置づけ,5年生では「共に生きる」をテーマに外国人教育を行った。まずは,韓国・朝鮮のあそびや食べ物などに実際にふれ,多様な文化について調べ学習を行うことを導入とした。

・「ベルリンオリンピックの様子から韓国・朝鮮と日本の関係を調べよう」では,日本の韓国の関係が悪かったことを知り,「日本と韓国・朝鮮にはどんな歴史があったのだろう」と次時のめあてにつなげた。

 そこでは,韓国併合に伴う人々の生活の影響について知り,先人の過ちや活躍について考えることができた。さらにそこから,「昔と今の日本と世界の関係」「戦争をする理由は何か」などの今後それぞれが調べていきたいことを出し合い,6年生の歴史学習につなげた。

・民族学級の先生は「在日」についての話(〜世,ヘイトスピーチなど)をしていただいた。また,6年生の「関東大震災」の学習では,韓国朝鮮人の虐殺を知り,その中で,正しい未来,悲しい未来を創っていくのは自分たちであるといくことが実感できた。

・小学校の歴史学習で外国人問題を取り上げる必要があるかどうかと問われることがあるが,自分は,正しい知識を得て,その上で正しい判断力や行動力を身に付けるために,必要であると考える。

 

■パネリストの尾中尚史さんは,京都市立中学校で教員をされている。中学校3年間で取り組む人権教育のあり方,その成果と課題について発表された。

・1年生は障がい者教育,2年生は外国人教育,3年生は同和教育,3年間を見通したそれぞれの学年ごとの年間計画に基づいた人権教育を行っている,また,日常全ての教育活動において人権尊重の精神を育む学習を行っている。

・各学年で指導計画を共通理解し,研鑽を深め,実践できるように,各種研究集会や研修会への参加を促進したり,定期的に指導案および資料等の検討会を行ったりしている。

・2年生で6月に外国からの転入生をきっかけに,これまで取り組んできた人権学習のふり返りと具体的な実践を行うことができ,2年生の外国人教育へとつなげることができた。

・2年生では「日韓関係から偏見のない共生社会の大切さについて考える」というテーマで外国人教育を行った。高校の先生を講師に招き,「在日」であるご自身の経験や日韓の歴史についてご講演をしていただき,日常の変換や差別意識について考えることができた。生徒からは「真実を知らないことから偏見や差別がおこる」「しっかり勉強して視野を広げることが大切」「なぜ差別があるのか,それをなくすにはどうすればいいのか考えることが大切」などの感想が聞かれた。また,教員自身も,教科指導だけではできない心の育成の大切さや人権教育を行うにあたって無知であることに改めて気づくことができた。

・人権教育の課題として,時代と生徒の実態に合致した学習内容を常に検討する必要がある。また,メディアによる部分的な報道によって,学習で身に付けたことや考えたことを揺るがすような事態にならないように,メディアリテラシーを身に付けることも必要である。このことから,人権教育担当者だけでなく,学校全体(各教科主任・各校務分掌)や小学校とも連携しながら人権教育に取り組んでいくことが大切であると考える。

■コーディネーター・呉さんからの質問

松尾さんへ

@なぜこのような実践をされようと考えたのか。

A授業実践において,どんなところが難しかったか。

B小学生への「外国人教育の必要性」とはどういう意味なのか。

尾中さんへ

C当事者の方に話してもらうことは慎重になることもあるが,それでも行う良さや意味は何か。

 

■松尾さんの回答

@自分が子どもたちに歴史を教えるにあたって無知であったことと,担任する外国籍児童やその保護者に正しい知識をもった上で話ができるようになりたいという思いがあったから。

A資料を精選して,すべての児童が正しく読み取れるように授業を展開することが難しいと感じている。また,自分の中でどこまで教えるのかをしっかりと決めている。

Bこれからの国際社会を担う子どもたちが,さまざまな国籍の方と「共生」していくためには,今までの歴史を正しく理解し、考える必要があると強く感じている。

■尾中さんの回答

C慎重になる部分ももちろんあるが,いろんな立場の人が話をすることで,そのぶん「人権」について考えられる生徒が増えると考えている。

■コーディネーター・呉さんから

お二人のお話から,人権教育をする上で「考えること」「正しく知る」ことの大切さを確認することができた。松尾さんと尾中さんのお話に関わって,担任している児童生徒など,目の前に外国人児童生徒がいるわけではないが,それでも「外国人教育は必要である」という意味について教えてほしい。

■松尾さんの回答

外国籍の児童がいる・いないに関わらず,外国人教育は必要であると考えている。しかし,外国籍の児童がいる場合は,その児童の現状や保護者の思いなどをきちんと把握しておくことが大事。

■尾中さんの回答

松尾さんと同じ考え。これから先,外国人の方と出会ったときに,中学校で学んだことを少しでも思い出し,正しい行動をとれるようになってほしいと思っている。

 

○全体協議

参会者Aさん

・お話の中で「当事者の問題」という言葉が出てきたが,先生自身は「当事者」でしょうか。「当事者」とはどのように考えておられますか。

松尾さん 尾中さん

・自分は外国人ではないという意味では「当事者」ではないと考えている。

呉さん

・質問の意味をもう少し教えて下さい。

参会者Aさん

・私は中学校で教員をしていたが,教員として自分が立っている場所が,当事者としてのお互いの関係性の中で存在していることを理解しているかどうかを,私自身は教員生活の最後の到達点として,さまざまな人権問題について考えてきた。人権教育を通してさまざまな子どもたちと向き合うときに,教員と子ども,お互いに関わり合いをもつ者同士のとしての当事者の立場になってほしいと思い,この質問をさせてもらった。

呉さん

・自分が「当事者」かどうかという答えよりも,どのような意味で「当事者」と捉えるのかという問いを作ることが大切と思う。

川端さん

・自分も教員をしているが,Aさんには,人権教育は既成概念の塊を崩して自分の中にある差別性に気づかせられるかどうかが,ひとつ大切な見方であると教えてもらった。Aさんは,そんな視点をもって人権教育に取り組めたかという意味で質問されたのではないかと思う。

参会者Bさん

・自分も,昔の経験がきっかけに京都市立中学校教員として外国人教育に携わり,勉強を深めてきた。子どもたちが自分自身「当事者」として考えられるような人権教育プログラムを設定することが必要であると考えている。

 

○講 演   

演題「学校における共生を考える―マジョリティ問題としてのマイノリティ問題」

コーディネーター・講演者の呉永鎬(お・よんほ)さんは,世界人権問題研究センターの研究員で教育社会学や教育史を専門として研究されている。ここでは,教育現場で「共に生きること」とはどのようなことなのかを考える上で必要な情報を示され,効果的な教育実践を示唆された。また,マイノリティの問題は社会の問題として捉えなければならないことを,具体的な例を挙げながら教えていただいた。

 

1.多文化共生が課題となる社会的背景

1980年代で外国人問題といえば,在日韓国・朝鮮人問題を指すほど,在日外国人に占める割合は多かったが,現在は京都府では約半分の割合である。

・一昔前は外国人に関わる多くの施策は在日韓国・朝鮮人を対象にしていたが,在日外国人の量と質が変わっていったため,総務省によって地域における多文化共生プランが策定されたり,今年4月に改正入管法が施行されたりしている。つまり,今後は多文化共生社会がさらに進行することが予想される。政府が言う「移民政策ではない」とは,至極簡単に言うと,外国人を日本社会に統合する政府レベルでの対策やその意図がないということである。

・外国人が直面する問題はさまざまで,「教育」「生活」「医療」「居住」「労働」など,多岐にわたる。 

 「教育」にあたる部分では未就学や進路保障に関わる問題が顕著に見られる。最近では,言語未獲得に伴う外国人による特別支援学級への就学率が多いことが,ひとつの課題として挙げられる。

2.共生とは何か

・ヘイトスピーチでもそうだが,外国人を守る人権のバリアはない中で,共生とは何かを考えなければならない。そのひとつのキーワードとして「教育」がある。

・多文化共生を謳う上で,在日外国人の文化的な側面やルーツ,民族性等に関して承認することは必要だが,一方で彼らの社会的・経済的な不平等にも注目しなければならない。

・「共生」とはマジョリティのためのマジョリティの発想であり,調和的な側面が突出して強調される。つまり,マジョリティを変革することが本来の共生へのプロセスであり,「マイノリティ」「マジョリティ」の関係性がなくなることが共生の目指すところである。この関係性が存在する限りは,バランスよく「お互いのことを理解し合う」ことは実現しない。

3.異文化理解の方法〜3Fから4Fへ〜

・異文化理解の入口である「food」「festival」「fashion」の3Fは確かに有効だが,社会を共に築いていく存在として外国人を捉えるためには,過去と現在の「fact(事実)」を学び,マイノリティであることで強いられる「fear(不安)」や「frustration(悔しさ)」を知り,どのように「fair(公正)」な社会を築いていくことがよいのかと考えることが大切である。このうち,もっとも基底にあるのは「fact(事実)」である。事実に関する正確な知識がないことに起因するマイノリティが置かれた現状への想像力の欠如に対して,教育が担える一つの役割を見出せるのではないか。「事実」をしっかりと教えることが大切である。

4.差異のジレンマ〜学校におけるマイノリティ支援が直面する困難〜

・「差異のジレンマ」とは,不平等を解消しようとして差異を強調し,特別な支援を提供しても,返って不平等は強調されてしまうし,同じ人間だからと差異を無視しても,既存のマイノリティへの不平等が固定化・温存されてしまうことを指す。

・差異のジレンマを乗り越えるためには,違いを特別視,固定化しない取組が必要。しんどい局面はそれぞれにあり,それへの支援は当然のものであるという学校・学級文化をつくることによって対応できる。つまり,評価の軸や焦点を流動的にすることが大切。

・障害というのは,皮膚の内側ではなく,外側にあるという考え方(社会モデル)が必要。階段を登れない障害者に問題があるのではなく,エレベーターがないという社会環境に問題があるということ。つまり,マジョリティ中心につくられている社会のあり方,その秩序に問題があると気づくことが大切。

5.外国につながりをもつ子どもの教育課題

・ニューカマーの子どもたちの教育課題は「言語」「学力」「進路」「文化」「ID」「不就学」の6つである。また,日本語指導が必要な児童生徒も増えている中で,社会や学校の受け入れ体制の整備や多文化教材の活用が大切になってくる。

 

○参会者感想・意見

参会者Cさん

・日本語指導が必要とする児童生徒が学校に来たときは,京都市教育委員会学校指導課人権教育担当という部署にアクセスしてほしい。フォローアップできるプログラムを紹介できる。

参会者Dさん

・お二人の実践は,ぜひ,京都市全体にこの取組を拡げていってほしい。呉先生の話はすばらしく,呉先生のスライド資料はたくさんの方々で共有していくべきである。

参会者Eさん

・呉先生の話は,これからの人権教育を取り組む上でのキーワードを示唆していただき,たいへん勉強になった。教員がこの場に来て話を聞くことが,人権について考え,人権学習を充実させていくためには大切であると感じた。この分科会には若い教員にどんどん来てほしいと思う。

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