第37回部落解放研究京都市集会
第1回の部落解放研究京都市集会(当時の名称は部落解放京都市研究集会)は1970年2月に開催されました。その背景には1965年の「同和対策審議会答申」および1969年の「同和対策事業特別措置法制定」という、部落問題の解決に向けた国・地方の取り組みの進展、そして何より部落解放運動の大きな前進があり、集会は「答申完全実施・特別措置法の具体化」を京都の地で進めていくことをその大きな目的として始められたのです。
第1回から第10回までは、「部落問題をみんなのものに」というスローガンが掲げられ、部落問題が一部の人の問題ではなく、「みんなの」「国民的な」課題であることを広く知らしめる取り組みが進められました。第11回から第19回は、「部落問題の解決をみんなの力で」のスローガンのもと、差別をなくす具体的な行動の組織化、運動・行政・教育それぞれの分野での実践の深化が図られました。第20回以降は、「差別を許さない行動の輪から、人権のまちづくりを」というスローガンが打ち出され、広範な市民の参加を得る中で、反差別・部落解放の取り組みを「人権のまちづくり」に具体化していくことを目指してきました。
部落解放運動や同和行政の大きな転換点となった1951年のオールロマンス事件からすでに半世紀以上が経ち、この間、部落および部落を取り巻く状況は大きく変化を遂げ、部落解放・人権確立の歩みは、その実現へ向けて大きく前進しました。けれども一方、教育、就労、福祉などの分野で新たな課題も生起しています。
そんな中、2002年3月末をもって国の行政措置が終了し、京都市においても特別施策としての同和対策事業は終結しました。それからはや4年が経とうとしています。今こそ、過去の歩みを振り返って成果と課題を総括し、時には原点に立ち返って、差別のない社会の創造をすすめるための建設的な議論を積み重ねていくことが重要です。
21世紀は「人権・環境の世紀」と言われています。ところが、悲しいかな世界の各地ではテロや紛争があとを絶たず、多くの子どもたち、多くの無辜の人々が常に殺戮の恐怖にさらされています。核兵器や化学兵器の存在は、地球環境そのものを死滅の淵に追いやっているといっても過言ではありません。日本においても多くの人々が、享楽の代償として圧倒的な速度で進行する環境破壊から目をそむけてなお欲望を満たすことに汲々とし続け、こうした欲望の一つの発露であるかのように、幼い子どもたちの人権を蹂躙する陰惨な事件が頻発しています。私たちの生きる社会が、このままでいいはずがありません。私たちは、「人権」「環境」「福祉」といった言葉にこめられた人間社会の理想と向き合い、この理想を実現するのだという志を改めて胸に抱いて歩みを進めていきたいと思います。そして私たちの歩み行くこの道は、先人たちが「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と謳い切り拓いてきた道の、その延長線上にはっきりとつながる道なのです。
本集会は今回で37回目を数えます。過去36年の間に積み上げられてきた議論と実践を糧に、私たちは本集会を、将来展望を見出すことのできる「人権集会」へとさらに発展させたいと思います。皆さん、人権・環境・福祉を大切にし、あらゆる課題の原点を見つめながら、共に差別のない社会の創造をすすめていこうではありませんか。
【1】部落解放に向けた取り組みの成果と課題
<1> 京都市における解放運動の歩みと成果
部落解放運動は、被差別部落のおかれた厳しい社会状況の克服のため、たゆまぬ努力を積み重ねてきました。
2002年3月末に特別措置法に基づく特別施策としての同和行政が終結してから、はや4年が経とうとしています。この間、部落解放運動に携わる人々は、「法なき時代」をいかに歩み進むべきか模索しながら、法制下での運動を振り返り、その成果と問題点、残された課題等を検証してきました。端的に言って法制下における解放運動は、部落を取り巻く住環境の大幅な改善をはじめ、就労、教育等のさまざまな面で、非常に多くの具体的な成果を勝ち取ってきました。いや、そもそも「法」それ自体が、部落差別を日本社会全体の問題とし、その解決を国・自治体に強く求め続けた解放運動によって勝ち取られた成果だったのです。
けれども一方、今だからこそ指摘しなければならない問題点もあります。法に基づく同和対策事業の進捗に力点が置かれる中、解放運動は、行政をはじめとする第三者に問題解決を求める傾向を強めていきました。結果として、一部に自力自闘の精神の後退を招いたという側面を、私たちは見落としてはなりません。法の下での三十有余年は、部落解放のための道程であり、その後に訪れるであろう水平社会へ向けたモラトリアムとなるはずでした。しかし結果は、法が失効しても水平社会の実現へはまだ遠い道のりが残されており、後述するようなさまざまな課題との格闘の日々を、私たちはまだまだ歩み続けなければなりません。何故なのか…。もちろん最大の理由は、部落差別の根深さが並大抵のものではない、ということです。社会の閉塞状況の中、弱者を傷つけ被差別者を貶める精神の不毛はより一層蔓延し、人権を尊ぶ平和な差別のない社会の実現をますます困難にしています。では、法のさらなる継続が、じつは必要だったのでしょうか。そういう解釈もできるでしょう。けれども、こういう見方も忘れてはならないのです。私たちは、法制下の三十有余年間、何をしてきたのだろうか。法が失効する時の到来に備え、真の水平社会を実現するその日のために、何をしてきたのだろう。いや、何ができなかったのだろうか…。
過去を振り返ってみましょう。功罪を併せもつ法制下の解放運動だけではなく、時には全国水平社の時代へ、解放令の時代へ、あるいは近世や中世にさかのぼって、連綿と闘い続けてきた解放運動の歴史を振り返ってみましょう。見えてくるのは輝かしく誇るべき事績だけとは限りません。苦く反省すべき足跡も、先人たちは、あるいは私たち自身が、過去の歩みの中に残してきたことでしょう。それらすべてを虚心に見つめ、建設的な未来へと活かしていきたいと思います。歴史を学ぶ、とはそういうことではないでしょうか。
それでは以下、京都の解放運動を振り返ってみましょう。
1918年に富山で起きた米騒動は全国に広がり、京都市内においても同年8月、七条部落でおよそ800人が米穀商18軒に詰め寄る騒動が発生するなど、市内各地で民衆が立ち上がりました。当時の中央政府は治安維持を重点課題とし、地方自治体に対してもその対策を求めました。これを受けて京都市は同年12月、勧業課に救済係を設置し、翌1919年12月には東三条地区の共同夜学校階下の一室に託児所が設けられます。こうして、当初の目的は治安維持に重きをおくものだったとはいえ、ここに今日に至る部落問題解決への取り組みが始められたのです。
1922年、京都の岡崎で全国水平社は産声を上げました。水平社の結成は、その後の部落解放運動発展の第一歩となりました。運動が全国的に高揚する中、京都市は1937年、部落5ヶ所を対象に不良住宅に関する調査を実施します。その結果を受け、1939年には市内8つの部落の抜本的な環境改善を行うことを目的に、予算総額2000万円に及ぶ計画が立案されましたが、戦時体制に直面する時期であることから、これが実を結ぶことはありませんでした。
戦後、京都の地ではいち早く部落解放運動組織の再建(「部落解放全国委員会」の発足)が図られました。また、教員による長欠・不就学児童・生徒に対する補習が始められるなど、部落問題解決に向けての取り組みが教育現場から再開されました。こうした状況下、1951年にオールロマンス事件が発生します。「劣悪な環境、不安定な就労状況は差別を生みだし、そしてこの実態を放置してきた行政には改善する責任がある」。部落問題はこのように把握され、行政に対する差別糾弾闘争が展開されていきました。そして、1950年代後半から京都市では、教科書の無償支給・給食費補助などの教育施策、不良住宅の撤去と新たな改良住宅の建設などの住環境整備、また、現業職を中心とした職員の採用など、多岐にわたる施策が開始されました。
ここで、同和教育の進展をたどってみましょう。
1960年代前半の同和地区生徒の高校進学率は、全市平均の約75%に対しておよそ半分という状態でした。これは、家庭内の学習環境など長年の部落差別によってさまざまな制約を受けてきた結果でした。こうした状況を克服し、しっかりした学力を身につけさせたいという保護者の願いや地域の人々の努力によって誕生したのが学習センター(現・学習施設)です。1971年から順次各地域に設立され、同和教育のさまざまな取り組みを展開していく場として、また、教育環境が不十分にしか整備されていなかった部落の子どもたちが自学自習を行う場として、大きな役割を果たしてきました。学習センターでは、同和問題の解決を目指した同和教育対策事業の一環として、部落の子どもたちに基礎的な学力をつけるとともに、さまざまな生活体験や読書活動等の幅広い学習を通じて、自学自習していける力をつけるための取り組みが進められました。こうした取り組みと、子どもたちや保護者の主体的な努力や地域の人々の教育に対する熱い想いとがあいまって、部落の子どもたちの実態は大きく変化し向上してきました。けれどもなお、子どもたちの自立や学力、進路、保護者の教育力などの面で解決すべき課題が残されていると言えます。こうした課題の解決へ向けて、現在では部落の子どもたちの相互刺激や切磋琢磨の観点に立った取り組みが進められています。すべての子どもたちの個性と能力の伸長を図る中で、子どもたちの主体的努力を引き出し、自己実現へ向けた自立を支援していくことが目指されています。
また、同和教育を受けて成長した世代には、公務員を中心に安定した所得や生活を得ている層も多く、生活の安定とともに教育に対する関心が高まり、自ら教員を志してこれを実現したり、自分の子どもを海外へ留学させたりする親も現れてきました。あるいは、仕事のかたわら部落内外の子どもたちを集め、指導者として活動を行うなど、地域での教育に寄与していこうとする親の姿も見られるようになりました。これも、「人を育てる」ことを一つのねらいとする同和教育の大きな成果だと言えます。
さて一方、国においても1965年に「同和問題の解決は国の責務」とした「同和対策審議会答申」が示され、1969年から「同和対策事業特別措置法」(以下、特措法)が実施されはじめました。このような国・地方自治体の取り組みは、人々の部落問題への関心を高めてきました。同和教育が、校区に同和地区を含む学校を中心に多くの学校で取り組まれるようになり、PTAや各機関での同和研修も定期的に実施されるようになりました。そして2002年3月末に三十有余年にわたり実施されてきた時限立法が失効して以降は、現在なお部落の抱える諸問題を「まちづくり総体」として取り組む運動が各地で創造されています。部落のみに着目するのではなく、小学校区、中学校区といった広い地域を視野に入れて展開されるまちづくり運動は、部落内外の豊かな人間関係をより一層育むものであり、解放運動を市民運動としてさらに推し進めていくものとなることでしょう。
確かに時限立法は失効しましたが、それがすなわち、部落そのものが消滅したり部落問題が解決したことを意味するものではありません。法の失効はあくまでも解放運動の一つの通過点に過ぎないと捉え、運動を今後さらに様々な人々と協働して発展させていかなければなりません。
<2> 成果の一方で生まれてきた課題
1 「二極化」から「一極化」へ
特措法のもとでの部落に対する行財政的な支援は、住環境の改善や教育条件の整備など、生活のあらゆる側面において多大な成果をあげてきました。不良住宅がひしめきあっていた部落、とりわけ市内の都市型部落は、今や改良住宅が立ち並ぶまちへと様変わりし、部落の子どもが経済的な理由で高校進学をあきらめなければならないということもほとんどなくなりました。
しかしながら、成果の一方で生まれてきた課題を見落とすわけにはいきません。まず、部落における経済的な「二極化」の問題があります。これまでの取り組みで公務員など経済的に比較的安定した世帯が増え、一つの層を成すようになりましたが、一方で父子・母子家庭や不安定就労世帯、一度部落を出ながらも何らかの理由で戻ってくる「リターン流入」者など、生活上何らかの困難を抱え、対策・援助を必要とする世帯が対極の層を成している、という問題です。また、従来から「空洞化」として指摘されているような大幅な人口減少も、所得の「二極化」とリンクして深刻な問題となっています。特に働き盛りの層やその子どもを伴う部落外への流出、急激な高齢化は、どこの部落でも抱えている課題です。2000年に実施された実態調査(「京都市同和地区住民生活実態把握事業」)からも、この現象が急速に進んでいることが分かります。この部落外の流出は、単に差別から逃れたいがためだけに起こっているのではありません。結婚や転勤によるものもあるでしょうが、一番大きな原因は、この間指摘されているように住宅問題にあります。所得の安定した公務員層などが、子どもがある程度の年齢に達すると個々のライフプランに合わせて持ち家を求めるのは、ある意味で当然のことといえます。とはいえこの動向は、部落の住環境整備、とりわけ改良住宅の建設が、社会の急速な変化に対応しきれなかったことをも示しています。特に、改良住宅の家賃が応能応益制度へ移行された今、比較的収入の高い層の部落外への流出には、さらに拍車がかかると考えられます。最近では、部落内の「二極化」は徐々に収入が低い層だけの「一極化」へ進んでいるとの指摘すらあります。
またこのような現象は、部落解放運動の組織的な取り組みと、同和行政・同和教育の施策の活用を通して育まれた「力」、すなわち地域のリーダーになるべき人材が部落に蓄積されず、部落外に流出していることを物語っています。
教育に関しては、「高校中途退学者の割合に見られる格差」「学力格差の低年齢化傾向と生活不安定家庭の子どもたちに見られる低学力傾向」「子どもの教育についての保護者の依存的傾向や同和問題に対する意識の多様化」などの課題が指摘されています。また、国際的な調査の結果からは、「学習意欲」「判断力や思考力、表現力」「学習習慣」などの面において日本の子どもたちには弱さが見られ、こうした弱さは部落の子どもたちに顕著に現れる傾向があるとも言われています。目の前に山積するこれらの課題の克服に向けて、今一度その背景にあるものから見つめ直してみる必要があるのではないでしょうか。
学力面に関わる課題については、子どもたちに確かな将来展望が育まれているかどうかという視点から、その課題を見つめ直してみる必要があります。自分自身の個性や能力を見つめ、自尊感情を基盤とした将来展望は、学習に対する目的意識を確かにし、学ぶ意欲を引き出しています。そして、学習に対する目的意識をもつことは、教科の基礎・基本はもとよりさまざまな学力を培い、自分への自信を高めることにつながると考えられるのです。
今、社会全体で子どもたちの学力が低下しているという指摘があります。「新しい学力観」のもと、小・中学生の学力はどう変化したのか、私たちは慎重にその実態を見ていかなくてはなりません。特に、部落の子どもたちと部落外の子どもたちとの学力格差が、さらに広がっていくのではないかという懸念もあります。だからこそ、子どもたちに確かな将来展望を育む取り組みをより充実させていかなくてはなりません。
また、家庭の教育力に関わる課題については、子どもの教育に果たす家庭の役割の重要さを、再度認識することから始めなくてはなりません。生活習慣・学習習慣を確立すること、子どもたちが確かな将来展望をもつこと、同和問題についての正しい認識や態度を身につけることなどにおいては、家庭の理解や協力なくしては充分な成果を望むことはできません。単に家庭が果たすべき役割を学校が担っていくといったことではなく、学校と家庭との連携を密にし、それぞれの役割を明確にすることが必要とされているのです。その中で部落の家庭に教育的刺激をもたらすとともに、親自身が家庭の教育力を高める努力をしていくことが大切なのではないでしょうか。
このほかにも、部落への差別意識が根強く残っていることが明らかになっていく中、部落を含めた地域の教育力が低下していることや奨学金制度の見直しによって高校進学への影響が予想されることなど、部落の子どもたちを取り巻く教育課題は山積しています。また、現在教育の多様化・自由化の政策は、教育条件が圧迫されている子どもたちにどのような結果を生み出すのか、その動向についてはしっかりと見守っていく必要があります。
このように、これまでのさまざまな取り組みがもたらした成果の一方で新たな課題が生まれ、かつての「差別と貧困の悪循環」が息を吹き返してくるのではないかということさえ危惧されます。こうした現状をふまえ、私たちは課題の背景にあるものから見つめ直すとともに、その克服に向けた取り組みを、学校・家庭・地域との協働のもとに充実させていかなくてはなりません。
2 部落外に住む部落出身者の動向
先にも述べたように、部落外への人口の流出は、どこの地区にも顕著にみられる傾向です。その原因を、改めてまとめてみましょう。
①公営住宅の建設が始まった1950年頃、部落に暮らしていた人々は、持ち家・借家・借間などの 種類によって、公営住宅に入居できる場合とできない場合がありました。ここでまず、本人の 意思とは別に部落から出る人々がいました。
②同和対策事業による改良住宅の建設にともなって、用地確保のために部落以外の地域にある公 営住宅などへ優先的に入居させられ、部落から出て行ったケース。
③改良住宅は現地改良方式で、現存する世帯の数だけ住宅を建設したので、結婚などで新たに世 帯を構えた若い世代の人々は部落内に住居が確保されず、これも部落以外の公営住宅に優先的 に入居させられました。
④近年、所得の安定した公務員層などの中に、子どもが一定の年齢に達すると個々のライフプラ ンに合わせて持ち家を求める傾向がみられるようになってきました。また、応能応益の考え方 による家賃制度が導入されたことで、改良住宅の家賃を支払うのも、郊外の住宅を購入してロ ーンを支払うのも大差がなくなり、若者の流出に拍車がかかっているといえます。
けれども、このように部落から出て暮らす人々が、部落差別と縁が切れ、差別されることはなくなったのかといえば決してそうではありません。後述する2003年夏に発覚した戸籍謄抄本不正取得による結婚差別事件では、差別を受けた女性は3歳の頃から被差別部落と関わりなく暮らしていました。ところが勤務先で知り合った交際相手の男性の父親が、彼女の身元を暴き彼女の父親が被差別部落出身であること理由に結婚に反対したのです。この事件の場合は、交際相手の男性が社会的に明らかにしたことで私たちの知りえるところとなったわけですが、多くの事件はここへ至るまでに闇から闇へ葬り去られているのが現実でしょう。
また、部落外への流出者の中には、ある意味では部落内に暮らす以上に厳しい生活実態を抱え込んでいる人々も少なくありません。地区内に暮らしていれば施策を受け、一定のサポートが得られていたものが、地区外へ出たがためにサポートの埒外の存在となり、子育て、教育、就労等あらゆる面において、自力で自立した生活を営むことを余儀なくされているのです。被差別部落出身者は長年の部落差別の結果さまざまな教育・文化的条件の欠如を強いられてきました。その克服がなされないままの自力・自立は容易なことではありません。このため、部落から流出した人々の暮らしの中に、特別対策としての同和施策が行われるより以前の部落にも似た生活実態が、少なからず見受けられるという結果さえ生じています。教育現場においても、いわゆる「同和関係校」以外であれば同和教育に対する取り組みが十分とはいえず、部落出身のある生徒が小学校中学年以降学力的に取り残され、九九も満足に言えないまま中学校に入学するといった実態があります。
かつて国や地方自治体は、被差別部落の実態が低位であったため一般対策の手法では問題の解決につなげることができないとして、特別施策としての同和対策事業に取り組みました。これらの事業は、日本国憲法が謳っているように、人は差別されず誰もが幸福に暮らしていけるとする権利を、行政的に保障するために行われてきたのです。この意味では、法が失効し一般対策に移行したとしても、行政は新たに生起した課題を克服すべくを施策を推進していかなければなりません。部落外に暮らす部落出身者の実態はほとんど直視されることがなく、あるいは個々人の問題として放置されています。行政に、そして部落解放運動に関わる私たちすべてに、こうした部落外の実態に目を向け、新たな課題としてしっかりと捉え、この課題の克服に向けた自立支援のシステムを早急に構築することが、今、求められているのではないでしょうか。
【2】新たな部落解放の創造に向けて
<1> 部落解放を取り巻く現状と今後の課題
部落解放運動は、1951年のオールロマンス事件以降、住環境・就労・教育など、部落の実態改善を強く行政に働きかけてきました。1969年に始まった「法」に基づく同和対策事業はこうした働きに呼応しつつ、部落の生活環境改善に、住宅整備などさまざまな面で具体的に寄与してきました。
この「法」が2002年3月末をもって失効してから、まもなく4年が経とうとしています。行政は一般施策の中で引き続き同和問題の解決にあたるとしていますが、いまだに具体的な展望は見えず、一方部落には、住宅や施設整備といったいわゆるハード面の課題に加え、教育や人権啓発、就労、福祉等ソフト面の課題も今なお数多く存在しています。これら部落固有の諸課題が果して一般施策の枠組みの中で解決し得るものなのか、住民の多くは不安を感じています。
そして何より、部落差別そのものが今もなおこの社会に根深く残っていることを、次に述べる結婚差別事件をはじめとする幾多の差別事件を通して、私たちは痛感せざるを得ません。
1 部落差別の現状 ―結婚差別事件
2003年7月、部落解放同盟京都府連合会(以下、京都府連)に、結婚差別を受けた被害者からの相談が持ち込まれました。本人の知らない間に戸籍謄本をとられ、身元調査によって本人さえ自覚のなかった部落出身を暴かれ、結婚に反対されている、というものでした。
税理士事務所で働くAさん(女性)は、C税理士の息子Bさん(男性)と恋愛関係になり、Bさんは両親に結婚したいと告げたところ、C税理士はテーブルの上に二通の謄本を並べ、Aさんの父親の本籍地を指して「同和や」、母親の親元の本籍地を指して「何もない」と述べ、「血が汚れる」などと猛反対しました。Aさんの母親は自分が結婚するさい、「本人がいい人であれば」ということで反対されなかったことや、現在は離婚して親戚付き合いがないことから、Aさんには父親が部落出身であることを特には伝えていませんでした。それが、見知らぬ第三者に身元を調査され、出自を理由に愛する人との結婚を反対されたことで、Aさんは強いショックを受けました。
一体誰が戸籍謄本をとったのか。京都市の個人情報保護条例に基づいて、戸籍謄本請求用紙の開示請求を、Aさんとお母さんがのべ4回にわたって行った結果、4区役所にわたる請求用紙が開示されました。Aさんの母親、さらに亡くなった祖父の本籍地までさかのぼって、戸籍謄本や除籍謄本を請求していました。請求事由は、裁判や登記となっていましたが、当人たちに身に覚えはなく、身元調査以外に考えられるものではありませんでした。
開示された請求用紙は司法書士用の職務上請求用紙であり、氏名や住所など、請求者本人を特定できる箇所はすべて墨塗りにされていました。この用紙は弁護士、司法書士、税理士など国家資格を有する8業種の組織だけが発行し、これを使用すればほぼ自由に戸籍謄本等を取得できます。専門職にある者の請求は公的請求に準じるものでありながらそれが悪用された上、しかも職務上請求者側のプライバシーが墨塗りによって保護されている現状は、この制度が、被害者救済よりも加害者保護に偏重していることを明らかにするものでした。
筆跡からD司法書士の名が浮上し、本人も第三者照会に応じたためやっと請求者が特定されましたのは、最初の開示請求から半年が経過してからでした。事実の解明のための事情聴取は、京都府連がD司法書士に対し2回、Bさんの両親であるC夫妻に3回行い、京都市もD司法書士に2回、C夫妻に3回行っています。
C夫妻は税理士と元教員。C税理士は職務上請求用紙の重要性を熟知していたはずであり、妻も、現職当時には同和研修を受けていたはずです。にもかかわらず、夫妻への事情聴取は難航しました。Aさんへの感情的な非難を繰り返した後、妻は「どこの家でもそんな話(部落を理由にした結婚反対)があってもヨソには言うていかない」、息子のBさんのことを「アホです!」と述べたそうです。多くの虚偽に満ちた言い逃れに終始し、事実の全容が明らかにされたとは言いがたい状態のまま、D司法書士もC夫妻は現在、府連に対しても京都市に対しても面会を拒否しています。
一方で2005年4月7日、新聞報道で兵庫、大阪の3行政書士が職務上請求用紙を大量に横流ししていたことが発覚しました。また、京都の女性が身元調査され、結婚が破談となったため、行政書士を相手に裁判を起こしていることも明らかになりました。府連に寄せられた相談は、まさに、氷山の一角だったのです。結婚にさいして水面下で身元が調査され、調査のために司法書士や行政書士らによって職務上請求用紙が使われ、あるいは興信所等に横流しされている実態が改めて浮かび上がりました。請求先は全国の都道府県に及び、ある行政書士は2年10ヶ月間に755件もの請求を行い、戸籍1通につき5000円~1万円を受け取っていました。また、同一番号の請求用紙もあり、3枚綴りの控え用紙まで使用していた事実も明らかになりました。
これら一連の「結婚差別事件」「職務上請求用紙による大量の身元調査事件」は、私たちに、三十有余年にわたる特別施策の成果が一体何だったのかと問いかけてきます。身元を暴き「血が汚れる」などとする意識は、73年前、部落民であることを告げずに結婚したことは誘拐罪にあたるとして被差別部落の青年が逮捕された「高松事件」と、その本質において変わらないのではないかと考えさせられます。
むろん、時代はその当時から大きく変わりました。憲法が「大日本帝国憲法」から「日本国憲法」に改定されるさい、新憲法制定の作業において「高松事件」は好ましい影響を与えたといわれています。部落解放委員会の松本治一郎らは、自由な合意による結婚の成立を新憲法に記載するようGHQに熱心に働きかけ、憲法24条『婚姻は両性の合意のみによって成立する』の“のみ”の二文字に非常にこだわったといわれています。
しかし現実には、この“のみ”が完全に実現しているとは言えません。民法739条が『婚姻は、戸籍法の定めるところによりこれを届け出ることによって、その効力を生ずる』と届出による成立を定めており、その場合女性が男性の籍に「入籍」するのが当たり前とされ、夫を「主人」、妻を「家内」などと呼称することに違和感を覚えない関係性を持続させています。戸籍制度の中に戦前の「家制度」が継続されているということが、血筋や家柄などで人間を判断するという人々の意識を変えられない足枷になっているのではないでしょうか。こうして両親や親戚が結婚に「同意」したり「反対」したりする「権限」をいまだに有しているかのごとき錯覚のもと、部落差別に基づく結婚差別もあとを絶ちません。
諸外国では、相続等に関して自らの出生を確認する場合にも、本人もしくは本人が依頼した弁護士以外はその書類を見ることはできません。プライバシーは完全にその個人に属するものだからです。プライバシーが原則公開であり、ましてや売り買いされているという日本の現状では、「基本的人権」がそもそも成立していないと言わざるを得ません。少なくとも他人が戸籍謄抄本を取得した場合本人に通知する制度を確立し、原則公開から原則非公開へ移行することが求められます。そして大局的には、戸籍制度そのものを廃止していくべきではないでしょうか。
2 就労の課題
部落解放の達成に向けて原点を見つめるならば、市民的権利である就職の機会均等、教育の機会均等、居住の自由等の基本的な権利を行政的に保障されることが、住民としての当然の権利であり、それこそ一般施策の枠組みの中であれ堂々と行わなければならない施策だと思います。
特に、差別の本質的課題である就労問題については、現在、社会全体が経済不況による失業問題や若者の不就労問題が深刻さを増しているとはいうものの、部落外と部落とでは、現象としては同じでもその中身は必ずしも同じではなく、経済が好転し雇用情勢が上向けば就職の門戸が開かれ進みたい道を歩める者と、進みたい道を歩めないかまたは門戸が閉ざされたままの者とに分かれ、言うまでもなく部落に課せられているのは、依然として後者の実態なのです。
雇用促進によって、失業対策事業や日雇いといった不安定就労が多くを占めていた就労形態から公務員労働者(現業部門)が多くを占める就労形態へと移り変わり、これが一定の経済的安定に寄与したのも事実ですが、今後は部落解放に寄与する就労保障、すなわち経済的生活基盤の確立にとどまらず、社会的地位の向上、教育環境・条件の整備、知的・文化的財産の蓄積などを一体的に目指し、これを次世代へ次世代へと受け継ぎながら、雇用を創造していくことが課題です。
部落の現状をみれば、教育(学力)の十分な裏付けは保障されず、就職差別も相変わらず残り、これらが自由な就労を妨げています。部落の就労課題は、「自己責任」だけを頼りに乗り切るにしては、部落差別という社会的要因をあまりにも重く負わされたままです。従って前述のような雇用の創造を勝ち得ていく上では、行政に求められる役割も今なお少なくありません。行政は、民間企業への雇用の創出もないまま雇用促進事業を打ち切りましたが、今一度「行政責任」という原点を見つめ直す必要があります。そして、具体的な展望を示し施策を講じることが求められているといえるのではないでしょうか。
3 「要求型」から「実践型」へ
もちろん住民たちも、情勢の変化にただ手をこまねいているわけではありません。法失効を契機に従来の「要求型」を脱し、住民主導の「実践型」まちづくりを進めようとする動きが、規模や内容の差こそあれ京都市内の各部落で展開されています。単に情勢の変化に致し方なく応じた、というのではなく、むしろ特措法失効を、自らの行動力や創造力をより一層発揮できる時代の到来、と積極的に読み替えることで、部落以外の地域にも影響を与えるような先進的なまちづくりを目ざす人々も、決して少なくありません。
部落に現存する課題は、以上に述べてきた就労課題を含め、いずれも、住む人々の暮らしの豊かさを求めるという意味では、すべての地区で「まちづくり」の課題と捉えることができます。まちづくりは解放運動の最重要の柱であり、今はこの運動を、行政に主導性を委ねた「要求型」から、住民自らが主導性を発揮する「実践型」へとはっきりと転換する時期なのだと言えるでしょう。
そうした中で今日、コミュニティセンターの未来像をいかにデザインするかが重要なテーマとなっています。コミュニティセンターは、隣保館と称された時代から、各部落の環境改善や住民の生活支援の中核施設としての役割を果たしてきました。また同時に現在では、部落住民に限らずより広範な市民に開かれた施設としての役割も負っています。このコミュティセンターに関して、今は行政直轄施設ですが、情勢の変化にも対応し、近い将来の民営化を視野に入れた論議が必要となってきました。コミュニティセンターが今後とも部落の中核施設であり続けることは言をまちません。ではこの施設が住民主導の「実践型」まちづくりを支えるものとして十全に機能するには、どのようなあり方が最も望ましいか、コミュニティセンターの未来像について議論することは、これからの解放運動を創造的に発展させていく上で、不可欠なことだと言えるでしょう。
そこで次節では、京都市におけるコミュニティセンターの歩みを振り返り、さらに今後果たすべき役割を展望しながら、これからの部落のまちづくりについて考えてみたいと思います。
<2> コミュニティセンターの今後のあり方
1 コミュニティセンターの歩み
(1)隣保館の果たしてきた役割
京都市では、1919年に全国にさきがけて同和地区に託児所を開設して以来、家事見習所、公設浴場、トラホーマ治療所などを設置し、1936年には、託児所と家事見習所を統合する形で隣保館を設置しました。以来、低位な状況にあった同和地区の生活環境や福祉、教育の向上を図るため、隣保館をはじめ、浴場、保育所、保健所分室、診療所などの地区施設を設置し、今日まで、生活改善、職業補導、教育、保健衛生等の各種施策に取り組んできた結果、同和地区の住環境や生活実態は大きく改善を見ています。
隣保館は、福祉センター、屋内体育施設、学習センターなどの機能を充実し、同和地区における身近な行政機関として、関係機関との連携を図りながら、住民の生活相談をはじめ、生活実態の把握や、施策の周知に努めるとともに、各種事業の実施を通じて、住民の社会的、経済的、文化的生活の向上に大きな役割を果たしてきました。1997年には国の特別措置法が改正され、隣保館は、社会福祉法に基づく一般施策に移行し、従来の位置付けから、周辺地域を含めた地域社会全体の中で、福祉の向上や人権啓発の拠点となる開かれたコミュニティセンターとしての役割を担う、地域に密着した社会復し施設として位置付けられました。
これに伴い京都市においても、1998年度から、これまでの隣保館事業を地域交流事業として再編し、周辺地域を含めた地域住民相互の交流を促進し、共に生きる地域社会づくりを進めることを目指した取り組みを進めてきています。
(2)隣保館からコミュニティセンターへ
2002年3月末をもって、特別措置法が失効したことを受けて、京都市は、特別施策としての同和対策事業を一般施策に移行し、その一環として、隣保館の今後の方向性と具体的機能について取りまとめた「隣保館の今後の在り方(案)」を2002年1月に策定し、同年4月には、「京都市コミュニティセンター条例」を施行しました。
これまで、同和対策事業の第一線の行政機関としての役割を果たしてきた隣保館は、より幅広い市民の相互の間における交流を図るための事業を行うコミュニティセンターとして位置付けられ、市民に最も身近な行政機関である区役所の所管となりました。
(3)コミュニティセンターの役割
コミュニティセンターは、人権文化が息づくまちづくりに資するため、社会福祉法に規定する隣保事業及び市民相互の間の交流を図るための事業を行うことにより、人権が尊重される豊かな地域社会の実現に寄与する市民の自主的な活動(コミュニティ活動)を振興するための施設として位置付けられ各種の事業が実施されております。
(4)コミュニティセンターの事業
①市民相互の間の交流及びコミュニティ活動のための施設の提供
施設の利用については、従来、原則地区住民に限られてきましたが、利用者の範囲を拡大することで各施設が交流と共生の拠点となり、差別や偏見のない地域社会づくりにつながるという認識のもとに、1998年度から周辺地域(小学校区域)との共同利用を行ってきました。
2002年度からは、身近な施設として一層の活用を図るとともに、市民の交流と共生の取り組みをより広げる中で、「小学校区域」での利用を拡大して、「区・支所域」、「市域」の幅広い市民の利用を可能となりました。「区域」、「市域」の利用の割合は、下表のとおり年々増加傾向にあります。
【コミュニティセンターの利用状況】
14年度
15年度
16年度
利用件数
6,135件
6,723件
6,706件
「小学校区域」
87.4%
72.5%
67.0%
「区域」
12.6%
8.3%
27.5%
21.8%
33.0%
25.1%
「市域」
4.3%
5.7%
7.9%
②コミュニティ活動に関する情報の収集及び提供
「コミュニティセンターだより」の発行等により、事業のお知らせ、暮らしに必要な情報提供等が行われています。
今後、地域に根ざした活動を行っている町内会・自治会等の各種団体、NPO・市民活動団体等の連携による市民主体のまちづくりの活動を支援するため、コミュニティセンターを身近な活動の拠点として一層の利用を進めるとともに、活動室の提供、備品(印刷機等)の貸与、活動情報の提供などを検討する必要があります。
③ 市民の日常生活に関する相談
相談事業は、住民の方々が抱えるさまざまな生活上の課題の解決を支援し、自立を支える基本的な事業であります。例えば、高齢者等で識字力が不十分なため、行政の通知文(年金、介護保険、税等)の内容がわからない場合に手続の遅れ等がないよう関係機関への取り次ぎや、事務補助による支援が必要となります。
一方、住民自らやるべきことをコミュニティセンターが肩代わりし、誰かに頼らなければ生きていけない生活習慣を助長するようなことは望ましくなく、自立を支援することも重要な役割です。
また、若年・壮年層の転出により、一人暮らしの高齢者等が増える中、高齢者等が住み慣れた地域で暮らしていけるよう、助け合い、支え合う仕組づくりなど、行政と地域が協働して支援の取り組みを進めていく必要があります。このため、小学校区の各種団体と行政の協働により、保健・医療・福祉のネットワークを構築し、安否確認などの地域ぐるみの取り組みを進め、更に防犯・防災の取り組みとも連携しながら、高齢者等が安心して地域で暮らしていけるよう努める必要があります。
④ 教養講座等の開催
学びを通した地域のコミュニティづくりや市民の自主的な生涯学習活動のきっかけづくりにつながる各種の「講座・教室」(パソコン教室、陶芸教室など)や、地域の広範な市民の参加による集いや学習会等の「コミュニティづくりイベント」など、学びとふれあいのための事業が実施されています。
今後とも施設利用の広がりだけでなく、事業を通じて参加者相互の顔が見える交流を図るような事業が大切です。
⑤ 人権啓発活動
人の尊さを伝える情報発信、学習の場としての講演会、映画上映や講座等の開催、施設利用やイベントの場における啓発活動、人権問題に関する資料収集、展示、学習の場の提供などを実施されています。
(5)コミュニティセンターの事業運営のあり方
コミュニティセンターは、社会福祉法に基づく隣保事業を実施する施設として事業を実施してきましたが、今日では地域社会全体の中で福祉の向上や人権啓発の住民交流の拠点として各種の事業が行われています。
現在、国の隣保館設置運営要綱においては、隣保館は公設公営が原則とされておりますが、新しい運営要綱(2002年8月制定)により、「公設民営」的手法を取り入れ、館活動の活性化を目指すため、隣保館事業のうち「特別事業」(地域交流促進事業等)については、社会福祉法人、NPO法人等への委託実施が可能となりました。
コミュニティセンターの運営は、市民の広範な参加を推進する仕組のもとで、市民と行政との信頼関係とパートナーシップにより、できる限りの自主的な運営が望ましいとの考えから、概ね小学校区域の幅広い各種団体が参画する、NPO法人の「コミュニティセンター運営組織」が事業運営を担うことがふさわしく、そのことによる効果は次に掲げるとおりと考えられます。
ア住民自らが「主人公」として事業運営に参画し、「受け手」から「担い手」となることにより、 住民の自立意識の高揚を図ること。(住民の自立意識の向上)
イ市民参加による事業運営を通じて、市民相互の交流と連携のもと、かつてお互いが支え合って いた地域コミュニティを再生させ、更に地域を活性化させることにより、まちに魅力と活気が生 まれること。(コミュニティの再生と活性化)
ウ長寿少子化や核家族化の進展等による地域のつながりの希薄化を背景とし、一人暮らしの高齢 者等を地域で支え合う必要性が増している。こうした中で行政と地域が協働し、保健・医療・福 祉の一体的な取り組みやまちづくりなどを総合的に推進し、住み慣れた地域で、安心・安全に暮 らしていける地域社会を基盤とした福祉の推進に寄与すること。(地域福祉の推進)
エ 幅広い市民との連携と交流を通じて、互いの意見の違いや個性を尊重し合い、人と人との結び つきや信頼を基盤とした人間関係のもとで、人々の「つながり」を紡ぎだすことにより、無関心 や偏見を克服し、人権が尊重される、共に生きる地域社会づくりへとつながること。(地域交流 の促進と人権尊重のまちづくり)
オ行政による画一的なものではなく、柔軟性や機動性を活かし、きめ細かな対応や地域のニーズ を反映し創意工夫を凝らした効果的・効率的な事業運営を展開することが可能となること。(効 果的・効率的な事業運営)
2 コミュニティセンターの機能充実に向けて
このようにコミュニティセンターは、低位な状況にあった部落の生活環境や福祉、教育の向上を図るための施設から、周辺地域を含めた地域住民相互の交流の促進、共に生きる地域社会づくりをすすめるための施設、さらにはより幅広い市民の相互交流を図るための事業を行う施設へと推移しています。
これからのコミュニティセンターには、これまでの住民生活相談活動はもとより、地域社会における福祉・人権問題、生涯学習、生活安全、防災などさまざまな取り組みによる幅広い交流の中から、人と人とが結びつき創り出し、そしてその関係を深化させさせるとともにお互いが認め合い、支え合う日々の暮らしの中に、人権を尊重する考えが根づいた、共に生きるコミュニティ活動の拠点としての役割が期待されます。
コミュニティセンターでは先に述べた5つの基本事業が実施されていますが、各部落には、これまでの同和対策事業により生活環境は大きく改善したものの、父子・母子家庭や不安定就労世帯など、生活上何らかの困難を抱え、対策・援助を必要とする世帯がまだまだあります。また、働き盛りの層やその部落外への流出に伴い高齢化が進んでおり、生活および就労の相談・支援の取り組みとあわせて高齢者福祉の取り組みが必要です。これは、部落外の支援を必要としている住民に対しても同様です。
また、これからのコミュニティセンターの重要な機能として考えられるのが、就労問題に関するものです。「就労促進事業」システムの構築や、NPO支援・養成事業、地域NPOとの連携、社会福祉協議会などの各種団体との連携強化の取り組みが考えられます。このような活動を通じて、部落と部落外との協調・協働によるまちづくりの推進や人的交流の促進が可能になります。また、NPO法人設立の取り組みは、部落住民の行政依存傾向の払拭につながると期待できます。さらに、まちづくりには幅広い世代の関わりが重要ですが、若い世代にまちづくりの取り組みに対する興味をもたせることは難しいことです。そこで、働く場、人材育成の場としてNPOに若い人材を結集させることで、いろいろな発想によるまちづくりの取り組みが実現できると考えます。つまり、生活支援、教育啓発の拠点の双方の機能を兼ね備えることが必要不可欠なのです。
そして昨年5月、楽只、壬生、岡崎の3ヶ所においてNPO法人への、「学びとふれあい事業」を中心とする一部委託が実施され、今、特色ある運営がなされています。
各地域ともNPOの構成母体には、学区や地域のさまざまな団体が参加しています。また、NPO職員に地域の人や近隣大学の学生ボランティアが採用されるなど、これまでにない手法が採られています。さらにこの3地区での経験をふまえながら、他の地区でも受・委託に向けた検討がなされています。
今後は、単に事業縮小や行政の撤退にならないように、住民相談や、部落問題の解決を目指した福祉と人権尊重のまちづくりの視点をふまえた取り組みを充実させていかなければなりません。また、受託団体のあり方についても、画一的な方法を採らず各地域に沿った方法を考えることが求められます。
3 まちづくり運動の推進
京都市内の11地区では、それぞれのまちづくり運動が実践されています。
このうち、NPO法人を設立して活動を展開している地区や、改良住宅の建て替えを契機としたまちづくり運動を展開している地区を紹介します。
東三条地区(三条地区、東山区)では、新たな福祉のまちづくりの拠点として「NPO法人東三条希望の会」が設立され、高齢化が進む地区の実状をまちづくりの重要課題と位置付けながら、高齢者や障害者が生き生きと生活できる環境作りのため、配食サービスやヘルパー派遣等の事業が行われています。一方、人権啓発を目的とする「部落解放研究東山実行委員会」には部落の住民だけでなく東山区民が広く参加し、「部落問題を考える集い」の開催や人権劇の発表などさまざまな取り組みが行われてきました。また、左京区に位置する岡崎地区では、コミュニティセンターの一部事業委託が実施されています。
西三条地区(壬生地区、中京区)では、地域全体で高齢者を支える体制作りが必要との認識のもと、1995年から毎月第3土曜日に地区内の高齢者を対象とした「昼食サービス」を実施しています。高齢者が楽しく集まれる食事会や入浴・会話などを通して、稀薄になりつつある人間関係を取り戻し、一方、独居高齢者・病弱高齢者等の現状を把握する場ともなっています。1997年3月には地元学区の各種団体の人々に呼びかけて、「朱雀第四学区高齢者昼食・入浴サービス交流会」を催しました。福祉ボランティア活動の取り組みを学区規模へ広げていく中で、部落問題や、女性、障害のある人、在日外国人などの問題を自らも考えるきっかけになりました。このような活動が、人権と福祉の学区を創り上げていくことに繋がり、朱雀第四自治連合会と各種団体等が共に行う「あかしやふれあいネットワーク」を成功させました。このネットワークを基本に、NPO法人によるコミュニティセンター事業の受託が始まり、その職員には地元の青年層が関わっています。
改進地区(伏見区)では、地区の歴史を学び直す取り組みを進めてきた「改進地区史研究会」が母体となり、差別問題資料の収集・公開、講座やセミナーの開催等、啓発や人権教育に活動の重点を置く「NPO法人人権ネットワーク・ウェーブ21」が設立されています。「ウェーブ21」の活動には、部落のまちづくりを限られた自己本位の立場から捉えるのではなく、社会全体の中に位置付けて発想していこうとする地区住民の意識が投影していると考えられます。
また、錦林地区(左京区)では、「人と人つなぎ合う心と行動で人権と共生のまちをつくろう」をメインスローガンに掲げ、「人権ひろば錦林のつどい」を開催しています。この「つどい」は、部落差別をはじめとするあらゆる差別をなくし、人権の大切さや啓発・教育のもつ現状や課題について率直に語り合い、人と人との交流を深めることを目指した集会です。目的は単に「つどい」を開催することにあるのではなく、「自分たちでつくる地域社会・地域の福祉」をテーマに、より具体的な啓発方法と実践活動を生み出していくことにあります。それは人権・環境の世紀といわれる21世紀の、一人一人の人権が尊重される社会の構築につながっていくものであり、活発な議論がなされています。
崇仁地区(下京区)では、明治期に部落民のために作られた「柳原銀行」の保存・活用を図る運動を契機に、まちづくりへの機運が高まりました。自治連合会と運動団体による、「崇仁まちづくり推進委員会」されました。その取り組みは、「NPO法人崇仁まちづくりの会」の設立に繋がりました。崇仁は、京都市内で唯一住宅改良事業の未整備地区とされています。事業を進めるため「まちづくりの会」が中心となり、地域が一体となった広範な取り組みがなされています。
改良住宅の建て替えを契機としたまちづくり運動を展開している千本地区(楽只地区、北区)では、1993年5月に、2学区の15団体に呼びかけて「千本ふるさと共生自治運営委員会(じうん)」が設立されました。1999年5月には「楽只新1棟基本計画(じうん案)」をまとめ、この基本計画を尊重した21棟(通称=らくし21)が2001年末に完成しました。現在、新2棟を実現すべくワークショップなどの取り組みが行われています。また、多様な住宅供給という視点から定期借地権付きのコーポラティブ住宅についても、部落内外の人が集まった建設組合が設立され、住み続けられるまちの実現を目指しています。また、楽只学区社協と連携した「NPO法人くらしネット21」は、地域の青年や学生ボランティアなどと共にコミュニティセンターの事業を受託をしています。
田中地区(養正地区、左京区)では、1950年代半ばの住環境整備によって建設され、狭小で老朽化の著しい住宅等の建て替えが、長年の課題になってきました。建て替え事業成功のためには、住民の意見を集約し得る組織の存在が不可欠です。そこで、入居対象者及び地元団体に京都市が加わる形で、新1棟建設に目標を限定した組織として、「養正新1棟建設準備会」が設立され、ワークショップ等を通して住民の意見集約に努め、2004年12月、人権・環境が大切にされるという思いのこもった「新21棟」が完成しました。今後は、地域全体を包括するようなまちづくり組織の検討が進められていこうとしています。
辰巳地区(伏見区)では、運動団体と醍醐南自治会で「まちづくりフォーラム辰巳」がつくられ、まちづくりの協議を進めています。「フォーラム」には現在、道路検討部会、事業用地活用部会、コミュニティセンター活用部会の3部会が設けられ活動しています。今後は、地区内の事業用地の余剰地活用のワークショップをさらに進め、安心して暮らせるまちづくり案の意見集約を行っていこうとしています。
文化的な取り組みをまちづくりの核に据えていこうとする動きもあります。
吉祥院地区(南区)では「吉祥院ふれあいジャンボリー」が行われています。このジャンボリーは、地域交流を進めることで人権が尊重される社会を目指そうと、地元の各種団体・企業等で構成する「ふれあい吉祥院実行委員会」が主催し、小さな子どもからお年寄りまで、幅広い世代の「ふれあい・交流の場」になっています。また、安心・安全のまちづくりを目指す「吉祥院安心・安全のネットワーク」の取り組みも、多くの住民の協働のもと進められています。現在、コミュニティセンター事業の受託を目指した学習会を重ねながら、NPO法人の設立準備が進められています。
久世地区(南区)では「京都レインボーフェスティバルin久世」が開催されています。地元実行委員会と「久世桂川・新川の河川美化をすすめる会」によって運営されるこのイベントは、「人権・福祉・環境・教育・文化・共生・未来」をテーマに、七つの色(7ヶ町)が調和して、青空に輝く虹の架け橋のように人と人とのつながりを大切にする地域社会の実現を目指すことを謳っています。河川の美化と人権文化の創造を不可分のものとして実感できる場には、毎年多くの住民が集い、交流の輪を確かなものにしています。
清井町地区(南区)では2004年12月、住環境整備がされる以前の地区の写真や、建物をミニチュア化したものを展示し、往時の「むら」をリアルに再現して、地区の歴史・文化を市民に広く伝え、交流を深めています。かつて西高瀬川の氾濫によってたびたび浸水の被害を受けた清井町地区は、現在はその全域が公園・グラウンドに生まれ変わり、住民は近くの市営団地等に移転して暮らしています。それだけに地区の歴史・文化を継承することはきわめて重要な課題です。地区の歴史・文化を忘れることなくしっかりと受け継ぎ、その上にまた新しい文化を築き上げながら、清井町地区では一人一人を大切にするまちづくりが進められています。
以上のように、それぞれの特色を生かして進められている各地区のまちづくり運動は、部落内だけでなく、地域の団体や社会福祉協議会、あるいは教育機関と連携することで裾野を広げようとしています。このような活動に行政のサポートが加わることで部落解放に向けたまちづくり運動、すなわち「誇れるまち」の創造へ向けたさらなる展開が可能になるのです。
【3】すべての人がいきいきと暮らせる社会を目指して―これからの人権行政
京都市においては、同和問題の解決を市政の最重点課題の一つに位置付け、特別施策としての同和対策事業が積極的に展開されてきた結果、同和地区の住環境や生活実態は大きく改善されてきました。
2002年3月末、地対財特法が失効し、特別施策としての同和対策事業が終結されました。
特別施策終了後も、京都市では、同和問題を人権問題の一つとして位置付け、それぞれの部署が主体的に、それぞれの課題を的確に把握しつつ、その解決に向けて、創意工夫を凝らした取り組みを展開し、市民のくらしの中に人権を尊重する考え方を根付かせ、一人一人がお互いを認め合い、支え合い、共に生きる「人権文化」の息づくまちづくりに向けた人権行政が展開されています。
<1> 京都市における人権啓発
1 京都市人権文化推進計画の策定にいたるまで
国内外の状況を見ると、1948年に国際連合において「世界人権宣言」が採択されて以降、人権を巡ってさまざまな取り組みがなされています。特に、1994年の第49回国連総会において、1995年からの10年間を「人権教育のための国連10年」とすることが決議され、「人権教育のための国連10年行動計画」が採択されて、世界各国が人権教育の普及等に取り組むことなどが確認されました。
これを受けて京都市では、1998年に「京都市人権教育のための国連10年推進本部」等を設置するとともに1999年3月には「人権教育のための国連10年京都市行動計画」が策定され、人権尊重の考え方が日常生活に根付いていくための多彩な取り組みがなされてきました。
また、2001年からの10年間に取り組む施策をまとめた「京都市基本計画」においても、日々の暮らしの中に人権を大切にし、尊重し合う習慣が根付いた「人権文化」を築くための取り組みは市政の最重要課題に位置付けられています。
「人権教育のための国連10年京都市行動計画」は2004年末をもってその計画期間が終了し、2005年3月、新たに「京都市人権文化推進計画」が策定されました。この計画は京都市基本構想および基本計画に基づく人権施策に関するこれまでの取り組みとその成果のまとめと人権施策を推進する上での基本的な考え方を示した分野別計画であり、計画期間は2005年からの10年間となっています。
2 京都市人権文化推進計画の概要
この計画の特徴として、人権施策を人権尊重の精神の涵養や理念の普及を行う「人権教育・啓発」、人権が侵害されるおそれがある状況をソフト・ハードの両面から改善を図る「人権保障」、人権が侵害された場合に相談に応じる「人権相談・救済」の3つに分類し、それぞれの施策ごとに重点項目を示していることが挙げられます。また、「女性」、「子ども」、「高齢者」、「障害者」、「同和問題」、「外国人・外国籍市民」、「感染症患者等」、「ホームレス」など人権上の重要課題を列挙し、それぞれについて現状と課題を分析し、啓発も含めた今後の施策のあり方についてまとめられています。
「同和問題」についてみると、市民意識、教育、崇仁地区の環境改善を、残された課題としています。
市民意識の問題では、部落差別につながるおそれのある身元調査、差別落書、インターネット上の掲示板等への差別的な掲載など深刻な人権侵害につながる陰湿な行為があとを絶たない状況にあるとともに、「同和問題」解決の障害となる「えせ同和行為」も依然として行われています。
また、教育の分野では、経済的に安定した層が地区外へ転出したことにより、経済的、教育・文化的に厳しい条件におかれている家庭の割合が増加していることから、低学力層に偏る傾向がみられることや、高校中退率や大学進学率の格差がみられます。
このような中、人権文化の息づくまちづくりを進めていくためには、市民に対して、さまざまな手法による人権啓発事業を実施し、継続的に人権を学習する機会を提供していくことが必要です。学校では、同和地区内の児童・生徒に対して、生きる力をつけさせるとともに学力を向上させることで進路の保障を図り、自立へ向けての支援を行っていく必要があります。また、企業においては、公正な選考採用を実施するとともに地域社会の一員として「同和問題」についての啓発活動の積極的に参加することが望まれます。一方、地域では、住民とのパートナーシップの下、コミュニティセンターを拠点として周辺地域との交流を深め、「住み続けられるまち」を目指していくことが不可欠であることが述べられています。
3 啓発における今後の課題
今後は、人権文化推進計画に基づき事業が進んでいくことになりますが、現在の啓発における課題を(1)広報手段、(2)区役所と関係部局との効率的な連携、(3)啓発リーダーの養成およびリーダーの活用、(4)企業啓発の充実、(5)差別事象の取り扱い方、(6)資料館の活用、の6つに分類し、個々の課題について具体的に検討してみましょう。
(1)広報手段の検討
人権問題に限らず、市政を進めていく上においては広報の充実は欠かすことができません。しかし、ただ広く広報するのではなく、「市民が知りたい時に知りたい情報が容易に手に入る」きめ細かな広報が求められています。とりわけ、人権問題に関心が薄いとされている若年層への働きかけをどうしていくのかは長年の課題となっています。近年の情報通信技術の目覚しい発展によりインターネットを利用する人が若年層を中心に急速に増加していることから、ホームページを充実させ、人権問題に関するさまざまな情報を発信していくことが望まれます。
(2)区役所と関係部署との連携
人権問題は市民が日常的に直面することが多い課題であるため、地域の実情に応じた、市民の目線に立った、いわば顔の見える取り組みをしていくことが重要です。きめ細かな広報手段を持っていることやアクセスが容易であることを考えると、市民にとって、より身近な区役所・支所等で実施されることが効果的であると考えられます。この利点をフルに生かし、市役所のさまざまな人権課題を担当する部署と区役所が連携を図り同和問題をはじめとする人権課題を積極的に区役所での啓発事業に盛り込んでいくことが必要です。
(3)啓発リーダーの養成およびリーダーの活用
現在、市民の自主的な取り組みを支援するため、ワークショップ形式の人権学習会を実施し、啓発リーダーの養成を目指しています。2005年度で3年目の取り組みとなり、リーダーとなるべき人材の育成が進みつつあります。すでに自主的に活動をされている方もありますが、今後は、この人材をいかに実践の事業と結び付けていくかがリーダーの活用のカギとなります。
(4)企業啓発の充実
企業においては、就職差別を生まないための公正な採用選考や企業内における人権尊重の風土作りが大変重要です。また、企業は地域社会の一員として、啓発活動に積極的に参加し、市民団体のリーダー的役割を果たしていくことが期待されています。
しかしながら、採用選考のさいに、本人の資質とは関係のない不適切な質問項目がされるなど基本的人権を侵害する事象が発生していることは遺憾です。京都市としては、就職や結婚の身元調査に関わっている企業等には研修の実施を徹底するなど厳しく対応していく必要があります。
(5)差別事象への対応
これまでに行ってきた意識調査によると、市民の人権意識は向上してきていますが、戸籍の不正取得による結婚差別事件のほか差別落書きやインターネット掲示板への差別的な書き込みが発生しており、このような差別事象はいまだ根強い差別があることを知るメルクマールとなっています。しかしこのような事象を研修や啓発に生かすに当たっては、その方法いかんによって、かえって差別的な意識を助長してしまうことも懸念されるため、どのような方法が良いのか、今後、研究していかなければならない課題です。
(6)資料館の活用方法
ツラッティ千本や柳原銀行記念資料館をはじめとする資料館は、地域に存在する貴重な資料を保存し展示することによって、視覚的に人権学習ができる施設です。来館者は、教職員や各種団体、自治体職員の研修を中心として全国各地から広く集まっています。どちらの施設も設立から約10年を数えますが、来館者数は毎年、ほぼ横ばいの状況です。さらなる発展を目指すには、地元住民の方にとっても気軽に立ち寄れる魅力的な施設にすること、そして、学校における人権学習の時間などに利用できるよう小中学生でも理解ができる展示も付加していくことが不可欠であると考えられます。先人たちが残してくれた財産を余すところなく活用したいものです。
<2> 同和保育を原点とした人権保育の確立
1 同和保育の経過
(1)同和保育の成り立ち
京都市の同和保育は、母親の就労保障による家庭経済の安定、生活改善や地区改善などを目的に全国にさきがけて1919年に三条託児所が設置されたのを発端として、各地区に次々と託児所(3歳以上の児童を対象)が開設されたことに由来します。
戦後になって、これらの託児所が児童福祉法上の保育所として位置付けられ、希望者が入所できることを原則として、保護者の就労と子どもたちの就学前教育の保障を目指し、幼児保育所に加えて乳児保育所の整備も促進されてきました。また、「特別施策」として、保育士の加配や保育料の減免、教材の支給や完全給食の実施などを通して、乳幼児の育ちの保障に向けた条件整備が進められてきました。
保育の現場では、部落差別の結果、子どもたちへの深い愛情がありながらも教育・保育の力を社会的に奪われてきた保護者や地域の思いを受け止めながら、差別の現実から人権感覚を学びつつ、きめ細かい保育によって乳幼児の心身両面にわたる基礎的な能力の発達を図ってきました。
(2)これまでの取り組みの経過と今後の課題
同和保育所では、保護者や地域の住民の子どもたちへの思いを受け止め、差別の現実から人権感覚を学びつつ、一人一人の子どもの発達状況に沿ったきめ細かい保育の実践、保育所と保護者が共同で子育てをしていく観点からの保護者支援の推進など、部落問題の解決に向けた取り組みを行ってきました。近年には、これらの同和保育が長年培ってきた成果である保育所保育の内容をさらに充実させるとともに、家庭や地域の子育て機能の向上と地域全体の子どもたちの健やかな成長を目指して、同和保育所への周辺地域からの入所の促進、子育て相談・子育て講座・園庭開放等を保育所で行なう「地域子育て支援事業」の実施などに積極的に取り組みました。
2002年3月の法期限切れをもって保育行政における「特別施策」としての同和対策事業は終結しましたが、就学前の同和地区の子どもたちやその保護者を取り巻く実態が、同和保育所における有効な取り組みを必要とする以上は、保育行政の分野において「一般施策」を展開する中で、同和問題の解決に向けた取り組みを展開していかなければなりません。そのためには同和保育所が、同和保育で培ってきた成果を生かした、子どもの人権を大切にする保育(=人権保育)を推進するとともに「いのちと人権をはぐくむ子育ての拠点」として地域に開かれた保育所を目指していくことが求められています。
2 今後の展望―人権保育と子育て支援の拠点として
同和問題の解決に向けたこれからの保育行政の基本的な方向性として、上述の通り、人権保育の推進と、地域に開かれた保育所を目指す取り組みの展開が挙げられます。以下、その具体的な内容と課題について述べることとします。
(1)人権保育の展開
人権保育とは、子どもの人権の保障を目指した保育であるとともに、子どもの心の中に人権の大切さを培っていく保育といえます。
保育所保育においては、「子どもにとって最善の利益は何か」という視点に立って、子どもの自主性、子ども自身の選択を重視するとともに、一人一人の子どもの成長に合わせた「子ども主体の保育」を実践しています。乳幼児期には、大人に受容された関係の中で、自分を大切に感じる自尊感情や自我を育み、大人への信頼感を形成し、さらに、子ども同士の関係の中で、喜び、悲しみ、共感や忍耐といった体験を通して、自立心とともに協調性や思いやりなどの社会性の芽生えを培うことから、このような「育ちのプロセス」が積み上げられるような保育の実践と、家庭環境に対する配慮や地域との連携などをふまえたきめ細かな保育を目指しています。
また、障害のある子もない子も共に育ち合う保育を目指した障害児保育、外国籍児童の人権に十分配慮しつつ互いに文化の違いを認め合い尊重し合える心を育てる保育、といった保育の領域に関しても、人権保育の推進の観点から、同和保育所は、先進的にその実践に努めることが必要です。
(2)家庭、地域との共同の子育ての推進
保育所における子どもたちの「育ちのプロセス」を押さえたきめ細かな日々の保育の実践を保育所のみの取り組みとせず、子どもの24時間の生活を保育所、家庭、地域とで作り上げていくという観点をもって、連携していかなければなりません。
保護者支援については、保護者の子育ての実態や意識を把握するとともに、子育てが困難な保護者には寄り添い、主体的な保護者にはその自主性を尊重するなど、保育所と保護者が連携して共同で子育てをすることが望まれます。
また、子どもはさまざまな場面での体験を積み重ねることによって、一人一人の育ちを積み上げていくことから、家庭と保育所の連携はもちろん、学校、児童館その他の地域の関係機関を含めた連携によって、地域における子育て支援のネットワークを形成することが大切です。とりわけ保育所と小学校は、福祉施設と教育機関という位置付けが異なるものの、お互いの子育ての視点や取り組みを突き合わせて、子育ちが連携して積み上げられるようにしなければなりません。そのためには、保育所と小学校とが共通に「育ちのプロセス」を理解することが望まれるところであり、その共通認識の上に立って、子どもにとって何が大事かを視点に議論し合い、連携することが必要です。
(3)地域に開かれた保育所づくり
同和保育所は、従来から地区内施設として、同和地区の子どもたちの心身両面にわたる発達の保障を図ってきました。あわせて、周辺地域を含めた地域全体の子育て力の向上に向けた取り組み、すなわち地域に開かれた保育所を目指す取り組みの推進がこれからの同和保育所の大きな役割と考えられます。以下、具体的な取り組みについて紹介します。
① 周辺入所の促進
同和保育所は、従前は地区施設として地区内の児童とその保護者のみを対象としてきました。しかしながら、同和問題の解決に向けては、今後は、同和保育所において積み重ねられてきたきめこまやかな保育を周辺地域の乳幼児にも広げ、乳幼児だけでなく保護者間の交流や啓発に努めることにより、差別や偏見のない地域社会をつくっていくための広がりを生み出していける子育ての拠点となるような取り組みを進めていくことが必要となってきました。そのことが、地区内の乳幼児が減少している状況を踏まえ集団保育を確保するとともに同和地区乳幼児の自主性や広い社会性を育てることにもつながるため1997年から「周辺入所」が始まりました。2002年度に定員の1割、中学校の通学区域内という制限が撤廃され、周辺入所児童の割合は2005年4月現在で約44%となっています。このように周辺入所の開始以来、同和保育所は周辺地域から多くの子どもたち・保護者を受け入れており、周辺地域の保護者が保護者会の役員になり保護者会活動を通じて交流が深まるなど一定の成果は見られるものの、一方で保護者間の関係が希薄である保育所があるなど当初目的が十分に達成されていない状況があります。今後は、交流の深まりに伴う同和地域の子どもたちや保護者の変化、周辺地域の保護者の人権意識の変容、子どもたちの育ちにとっての影響などを多角的に分析しつつ、従来にも増して、周辺入所の子どもたちや保護者を対象とした人権保育の実践や保護者啓発などの人権意識の高揚に努めることが必要です。
② 多機能保育事業の実施
同和保育所では、乳児保育や障害児保育に加えて、一時保育や休日保育などの多機能型保育事業が、近年の多様化する市民の保育需要に対応して実施されています。こうした取り組みは、周辺地域の多くの保護者に対しての保育サービスの提供であることから、同和保育所を通じて周辺地域の保護者・子どもたちとの交流を促進する側面も有しております。
③ 地域子育て支援拡充事業の展開
同和保育所では、2001年から職員体制を整備し地域における子どもたちの健やかな成長を援助する相談機関、子育て支援の拠点としての「地域子育て支援拡充事業」を展開しています。この事業は、同和保育所が今日まで培ってきた先駆的かつ特徴的な保育実践を生かし、関係機関や地域と連携しながら、園庭開放、子育て相談、子育て講座などを中心に子育て支援の取り組みを進めています。「地域子育て支援拡充事業」には広範な地域から多くの保護者や児童が集う中で行われることから、事業そのものが交流と相互理解を深め、同和問題の解決に寄与するものです。
④ 地域活動事業の実施
地域連携の取り組みとして、多くの保育所では夏祭りなどのイベント事業を実施しています。子どもたちや保護者、地域から多くの方々に保育所に集まっていただくことで、「保護者や地域と共に歩む保育所の姿」を理解していただくとともに、高齢者と子どもたちとの世代間交流などを通じて、周辺地域全体の地域コミュニティの形成に寄与することを目指しています。
⑤ 福祉ボランティアの育成等
地域子育て支援拡充事業では、子育て支援に興味・関心のある市民・住民のボランティアを積極的に受け入れ地域に根ざし、地域住民が支える地域の子育て支援の拠点としての保育所づくりを推進しています。
また、保育所では、学生が実際の保育に携わることにより、学問の向上をはじめ将来、社会人として携わる仕事や地域社会での生活に生かしていくことを期待して、大学と連携し体験学習に意欲ある学生を受け入れています。
このような取り組みは、福祉のまちづくり、人権尊重のまちづくりに必要な豊かな人的資源の確保に資するものであり、その推進に努めていくことが必要です。
(4)人権尊重のまちづくりへの寄与
今、同和保育所は、地域に開かれた保育所を目指し多くの取り組みを行っています。
取り組み内容の点検評価を行っていく必要はありますが、同和保育所は、これまでの取り組みによって、多くの子どもたちや保護者、地域住民に開かれた保育所になりつつあります。今後とも保育所の職員一人一人が、同和問題をはじめ女性、障害者、外国人などに係る人権の保障に関する問題に対する人権感覚を研ぎ澄まし、その解決に向けて行動する意欲を強くもちつつ、人権保育の実践や、人権啓発の発信に努めなければなりません。その取り組みを通して、同和保育所は、差別を許さない人権尊重のまちづくりに、そして差別のない社会の創造に寄与する施設へと発展していくことを確信しています。
<3> 同和教育の普遍化をめざして
1 同和教育施策を取り巻く状況
2002年3月末に「地対財特法」の期限が切れ、特別施策としての同和対策事業は終結を迎えました。しかし、このことが同和問題の解決を意味するわけではなく、また、そのための法的根拠が失われたことを意味するわけでもありません。「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」に基づき策定された国の「人権教育・啓発に関する基本計画」においては、人権尊重社会の早期実現に向け、さまざまな人権課題に対する取り組みが提起されています。その中では「同和問題は、我が国固有の重大な人権問題であり、その早期解決を図ることは国民的課題でもある」と同対審答申の精神を確認した上で、「進学意欲と学力の向上」は教育の分野における同和問題の解決を目指す取り組み課題の一つであると位置付けられています。
京都市でも2005年3月に策定された「京都市人権文化推進計画」において、「児童・生徒の課題を踏まえ、一人一人の学力を向上させ、進路の保障を図るため、主体的努力を引き出し、自己実現に向けた自立を支援」、「同和問題をはじめとする人権問題解決への実践的態度の基礎の育成」を基本姿勢とし、同和問題解決に向けた残された課題の解決に取り組むこととしています。
2 同和教育施策の成果と課題
(1)成 果
「就学保障」を出発点とした京都市の同和教育は、「同和教育方針」の策定を契機として、「学力・進路保障」を基盤とした教育の機会均等の保障の取り組みへと発展・充実してきました。この背景には、学力保障なくして子どもたちの人権確立はないとの認識があり、このことは、すべての子どもたちの学力向上を最高目標と位置付けた「指導の重点」に引き継がれ、「今を生き、次代を拓く力の育成」「豊かな人権感覚を育み、個が生きる進路の実現」を目指す京都市の教育を支える背骨となっています。こうした中、家庭・地域の取り組みや子どもたちの主体的な努力ともあいまって、同和地区の子どもたちの学力・進路の実態は、高校進学率に象徴されるように、大きく向上してきています。
また、長年に渡り培われてきた同和教育の理念と取り組みは、「京都市外国人教育方針」の策定と外国人教育の推進や男女平等教育など、さまざまな人権問題の解決を目指す取り組みを充実させてきました。さらに、「いじめ」「不登校」「子ども虐待」「特別な教育的支援を必要とする児童・生徒」など新たに生じている諸課題についても、いち早く子どもたちの人権確立の視点に立って課題解決に向けた取り組みを展開させる原動力ともなりました。
(2)課 題
「学年進行にともなうい学力層に偏る傾向」「高校進学後の不調等による非卒業率の高さ」「大学進学率にみられる格差」など、同和地区の子どもたちの学力・進路、自立の面で、今なお課題が残されています。今後、これらの課題解決に向けては、これまでの取り組みの成果を踏まえ、すべての子どもたちの個性と能力の伸長を図る中で、同和地区の子どもたちの主体的努力を引き出し、自己実現に向け自立を支援しつつ残された課題の解決を目指していかなければなりません。
また、「同和教育の成果を普遍化し、人権教育の重要な柱として再構築する」との基本的な考え方に立って、すべての子どもたちの、同和問題をはじめとする人権問題解決への実践的態度の育成に努める必要があります。
そのためにも、授業と家庭学習を連動させ、すべての子どもたち自らが、学習に対する意欲・関心を高め、より高い将来展望をもって、主体的に学習する態度の育成を図るとともに、とりわけ課題のある子どもに対しては、個々の子どもの置かれている状況や課題に照らした直接的な関わりや、保護者との連携を密にする必要があります。
さらに、家庭の教育力の充実に向けて、家庭の果たす役割や子どもへの関わり方を明確にし、学習や進路決定のための条件を整えていけるような働きかけが必要です。
(3)今 後
2002年度から進めてきた教育改革も4年目を迎えました。「学力」や「学習指導要領」をめぐる議論の中、学習指導要領の一部が改正され、今次教育改革のねらいや取り組むべき内容が一層明確化されました。
学校では、子どもたちや地域の実態を踏まえた特色ある学校づくりを進めるために、学期や夏休み期間等を独自に定める二学期制や長期休業期間の弾力化の取り組みが進められています。また、小学校で中学校の教員が授業をする専科教育、少人数授業や理解・習熟の程度に応じた授業の充実や小学校における教科担任制などの取り組みが進められています。さらに、子どもたちの個性と能力の伸長を図り、地域と一体となった学校づくりを進めるため、小中学校間の垣根を取り払い、義務教育9年間の連続性を重視した小中一貫教育など「学校裁量権の拡大」等による特色ある学校づくりを進めていく必要があります。
また、「地域の学校運営への参画」などについては、学校の説明責任と学校への協力・参画を基盤とした開かれた学校づくりの成果を踏まえ、学校と保護者・地域住民等が共同して学校づくりを行うとともに、より透明で開かれた学校運営を進め、地域に信頼される学校づくりを目指す「学校運営協議会」の取り組みが進められています。
学習施設では、同和地区内外の子どもたちの交流の場、自主的な利用の場など、周辺地域に開かれた「教育施設」として共同利用されています。その中で、子どもたちの基礎的・基本的な学力の定着と主体的な学習態度の育成を図る取り組みや、子どもたちの興味・関心・意欲に応じた体験的な学習や活動の取り組み等を実施しています。また、保護者と子どもたちが一緒に学びあえる機会や保護者同士の交流の場、子育て・教育情報の提供といった取り組みが進められています。
今後とも、「教育」「文化」「人権」の拠点となる周辺地域に広く開かれた「教育施設」として、学習の興味・関心の拡大、意欲・態度の向上を目指した取り組みや人権に関わる情報の提供・発信など、地域や子どもたちの実態に合わせた創造的な取り組みを進めていくことが必要です。
<4> 住み続けられるまちの実現に向けた住環境整備施策の展開
京都市では、良好な住環境の中であらゆる世代が快適に安心して「住み続けられるまち」を実現していくため、基本施策方針として「パートナーシップによる住環境整備指針」が2000年3月に策定され、この指針に基づいて、さまざまな施策が展開されています。
1 住環境整備施策の展開に向けた基本方針と対応策
住環境整備施策を進めるうえでのまちづくりは、良好な住環境と地域コミュニティが形成され、多様な世代が「住み続けられるまち」を実現するためのしくみづくりや魅力づくりが求められている中で、住民と行政が協力連携して進めていくことにしています。
住環境整備施策の展開に向けては、次の4つの基本方針と対応策が示されています。
一つ目の方針は、「住み続けられるまちの形成」です。①若壮年層の地区外流出や高齢化を防ぐため、多様な住宅を供給する、②周辺地域との交流などを通じて共に生きる地域社会づくりを進め、高齢社会での新たな福祉ニーズに対応するため、地区にある公共施設等を一層活用する、③住民による自立的なまちづくりや運営に向け、主体的な取り組みに対して支援することが必要、としています。
二つ目の方針は、「住民と行政による協力連携のまちづくり」です。①まちづくりの基本的な進め方について住民と行政の双方が共通認識する、②まちづくりの各段階で、住民と行政の役割分担を明らかにし、対話システムを確立する、③協議の場をコーディネートする専門家の参画や、行政内部の連携による推進体制を整備する、④地元のまちづくり組織に専門家を派遣するまちづくり支援制度を創設することが必要、としています。
三つ目の方針は、「改良住宅等の望ましい水準での供給」です。①居住者の意向を集約し、可能な限り計画・設計に反映する、②良好なコミュニティを維持するための共用空間等を充実する、③適正で統一した水準での空き家整備を行うことが必要、としています。
四つ目の方針は、「既存ストックの有効活用」で、費用対効果などの判断基準を基に大規模改善や住戸内改善を実施することが必要、としています。
2 すまい・まちづくり活動の支援
住民と行政による協力連携のまちづくりを進めるに当たっては、住民の主体的な取り組みを先導するまちづくり組織が、住民のさまざまな意見や要望を集約し、事業の推進に向けて住民と行政をつなぐ機関として大きな役割を果たします。このため、各地区のすまい・まちづくり活動組織にまちづくりの経験や専門的な知識を有する専門家を派遣する「すまい・まちづくり活動支援制度」が創設されています。
派遣された専門家は、学習会やワークショップ等を通して、①組織の設立に向けた学習、相談、②まちの目標像の設定に向けた支援、③基本構想に係る地域住民の意見のまとめに向けた支援、④住環境整備事業の実施に伴って生じる課題の整理などを行うことになります。
3 改良住宅等の空き家の活用
改良住宅等の空き家については、入居者の過密状態の解消や高齢者等への福祉施策で活用されてきました。しかし、地区人口の減少、若壮年層の地区外流出、高齢化による地区活力の低下が課題となる中で、多様な世代が安心して住み続けられる「交流と共生のまちづくり」と地域コミュニティの活性化を目指した取り組みを進めるうえで有効に活用するため、改良事業の協力者に限定してきた入居方法を改め、住宅地区改良法に基づく本来の入居方法として一般公募が導入されることになりました。
導入に当たっては、①建て替え計画等に影響を及ぼさない、②やむを得ず転出した事業協力者の転入希望に配慮する、③過密施策や入居替えで現在の入居者の理解を得ることを前提に、一般公募による入居者が円滑に受け入れられるための移行期間が設けられています。
実施に当たっては、まちづくりの課題を踏まえ、公募できる戸数、地区の特性、改良住宅等の性格、周辺地域との交流促進などを考慮した特色ある募集が行われて、有効に活用されることが必要です。
2003・2004年度に辰巳地区、2004年度に田中地区、2005年度は千本地区・改進地区で、一般公募が実施されています。中でも改進地区では、若年層の流入を図り、多様な世代による地域コミュニティの活性化を目指し、若年世帯向一般公募が実施されています。また、一般公募以外での空き家の活用の取り組みとして、千本地区では、大学のまち京都の独自施策として海外からの世帯留学生の入居が引き続き行われています。
4 多様な住宅供給の促進
近年、若壮年層の地区外流出等が進み、人口や世帯数の急激な減少と少子・高齢化、所得の安定した層の減少と低所得者層の増加により、地域コミュニティの機能や活力が低下しています。今後は、多様な世代や所得階層が住み続けられる活力のあるまちを実現するため、持家志向に応える定期借地権付き分譲住宅や狭小、老朽化した住宅を建て替えた更新住宅における世帯人数やライフスタイルに配慮した型別供給など、多様な住宅の供給を行っていく必要があります。
このような中で、現在千本地区では、改良住宅等の建て替えにあたって、コーポラティブ方式による定期借地権付き住宅の建設に向けた取り組みが行われています。この取り組みは、単に持家志向に応えるだけではなく、そこに住まう住民自らが、共同して計画を立案し家を建てるという一連の作業を、愛着を持って進め、この作業により、住まう人が、相互に顔が見える新たな地域コミュニティの構築につなげることができると考えられています。
5 今後の住環境整備施策の展開
今後は、「パートナーシップによる住環境整備指針」に基づき、前記の取り組みが継続されるとともに、①崇仁地区における住環境整備事業の早期完了、②改良住宅等の狭小、老朽化等に対応する計画的、総合的な建て替え、改善による住宅ストックとしての質の維持・向上、③改良店舗の現状をふまえた、活用方策の検討、④改良住宅等の敷地を活用した駐車場整備、⑤住民による自主的なまちの管理運営体制の確立に向けた、住民と行政との協力連携によるまちづくりが進められることが望まれます。
【4】これからの同和教育
<1> 同和教育の成果
これまで同和教育では、社会的背景にまで踏み込んで子どもを理解しようとしてきました。とりわけ、最も厳しい状況におかれている子どもに焦点を当てた実践を行ってきました。このような取り組みは、教育全体に大きな影響を与えてきました。
1 学力・進路保障
1950年代の長欠・不就学の問題は、部落住民や教員等のねばり強い取り組みと、熱意ある部落解放運動の結果、もたらされた教科書の無償化、特別就学奨励費の導入などの制度面での整備とあいまって改善されてきました。また、学校での部落の子どもたちの学力・進路保障に向けての取り組みは、個に焦点を当てた抽出促進指導から、授業を分かりやすく興味のわくものにしたり、課題に焦点を当てた少人数クラス編成(習熟度別)を行ったりしながら授業形態や進め方にもさまざまな工夫を重ね同和教育の普遍化を行ってきました。
一方、学習センター(現学習施設)においても、部落の子どもたちの教育の機会均等を図り進路を保障するという設立当時の意義をふまえ、共同利用後もさまざまな取り組みを展開してきました。 これらの取り組みは、部落の子どもたちだけではなく、教育条件が圧迫されている他の子どもたちにも大きな効果を及ぼしました。
2 地域との結びつき
同和教育では地域との結びつきが大切にされてきました。校区に同和地区を含む学校では、特に地域や保護者の願いを教育実践に生かす努力をしてきました。さらに地域と学校の協力による実践も生まれてきました。PTAが実施してきたふれあい事業を、自治会をはじめとする地域の各種団体や学校も協力し、学校・家庭・地域とが連携した行事として実施している小学校もあります。また、地域の小中学校が連携して、小中9年間を通して子どもたちを育てる取り組みも行われています。その中では、教員の人事面での交流や小中合同での異年齢集団での活動、小学生が中学校で授業を体験するような取り組みなども行われています。このような取り組みを通して、地域の大人と子ども、地域の人々と教職員の間に信頼関係を深めることができるとともに、同和問題に対する理解を深めることにもなりました。
3 仲間づくり
同和教育では、生活を綴ること、語ること、聞くことが大切にされてきました。さまざまな課題を背負わされた子どもたちが勇気をもって自らを語り、周りの仲間がそれを受け止める信頼関係を作り上げることにより、子どもの自尊感情が高まり、自らの課題を直視し、その克服に向けて努力することができるようになりました。このことは、すべての子どもの人権が大切にされる集団を作ることにもなるのです。
4 同和問題学習
同和問題学習では、人権尊重・反差別の態度の形成とその行動化を目指してきました。子どもの心に響く教材開発や学年の発達段階を考え、小中9年間を視野に入れた系統的なカリキュラムづくりが進められてきました。また、視聴覚教材や参加体験型の人権学習などの新たな手法も取り入れてきました。
このような同和問題学習の実践により、女性、子ども、高齢者、障害者、外国人・外国籍市民、感染症患者等、同和問題以外の人権に関わる問題についても、学校で学習する機会を増やし、認識を深めることになりました。
<2> 同和教育の現状
1 子どもを取り巻く社会の状況
ここ数年、子どもを誘拐したり殺害したりするなど痛ましい事件が頻発しています。今、子どもの命と人権を守る取り組みが急がれています。
また、不況の長期化に伴い、倒産、失業、家庭崩壊、中高年者の自殺などが相次ぎ、苛立ちと不安が社会全体を大きく覆っています。そうした中で子どもたちは、将来の展望が描けず、他者とのつながりをもてないまま自己の存在の確かさを実感できなくなってきています。追い込まれた子どもたちが自他を傷つけるという痛ましい事件も発生しています。
さらに、本来子どもを守るべき親をはじめとする大人たちが、不安と苛立ちの矛先を子どもたちへの暴力や虐待へと向かわせている事例も増えてきています。誰もが安心して生き生きと学び、暮らせる社会をどう創り上げていくかを考える必要があります。
2 同和地区の子どもたちの状況
(1)学校では
これまでの同和教育の一貫した学力保障の取り組みにより、かつてのような一様に厳しいとされた学力実態は変容し、高校進学率や大学進学率の向上が見られるようになってきました。しかし、部落の子ども一人一人を見つめると学力の格差が今もなお存在していることも事実です。また、高校に進学してからも、学力不振や学習意欲の低下などから中途退学者の増加も問題になっています。
さらに、さまざまな生活上の困難を抱える世帯の増加などを考えると部落の子どもたちを取り巻く教育環境は決して楽観できるものではありません。子どもたちの学力向上に向けてこれまで培ってきた同和教育の原点に立ち返り、教師や教師集団、学校全体として学習意欲の高揚を目指すとともに学力保障の取り組みをもう一度見直す必要があるのではないでしょうか。
(2)家庭では
近年、経済的に安定した世帯層が部落外へ流出することが増加していることから、部落内でも高齢化が進み、不安定就労世帯の割合が増加する傾向にあります。また家庭の事情によって再び部落に住むようになった若年層の世帯や「ひとり親」の家庭などの増加も見られます。
そのような厳しい家庭状況により、基本的な生活習慣や自学自習を位置付けた生活リズムが身に付いていなかったり、家庭の学習や進学に対する考え方の不十分さから将来展望をもてなかったりする部落の子どもたちも少なくありません。
困難な課題を抱える家庭の教育力を向上させ、子どもたちの教育環境を改善するための支援をどのように進めるかを具体的に考えなければなりません。
(3)地域では
かつての部落内では子どもたちをみんなで見守るような人と人とのつながりがありました。しかし今では、隣の人のことすらわからないといった、人と人とのつながりの希薄化による地域コミュニティの機能の低下が見られるようになりました。そのために子どもたちと地域のつながりは大変少なくなってきています。
子どもたちとつながり、子どもたちを見守り育てていく地域の環境作りとそれを支援するための体制作りが今、必要とされているのではないでしょうか。
<3> 「教育力」の向上に向けて
1 教育力を考える
これまでみてきたように、子どもたちを取り巻く教育環境は、大変厳しい状況にあります。特に、部落の子どもをはじめとする、さまざまな課題を背負わされ社会的に不利な立場にある子どもほど、学力面などに困難な現状が見られます。
最近、「勝ち組」「負け組」という言葉が、いろいろな場面で使われます。社会のさまざまな分野で規制緩和や自由化が進められ、成功を収めたものとそうでないものを分けることが、当たり前のような雰囲気です。しかし、このことに対しては、私たちは大いに警戒しなくてはなりません。結果のみを重視し「負け組」と呼ばれる人たちにその責任を負わせ、そこに至る経過や背景、あるいは、そうならざるを得ない社会の構造上の不備について考えることに、全く目をつぶってしまうような傾向が強まってきているのではないでしょうか。「負け組」の一言で、弱い立場の人を社会から安易に切り捨ててしまう状況があるとしたら、絶対に見過ごしてはならないのです。
これまでの同和教育では、部落の子どもをはじめさまざまな課題を背負わされた子どもたちの背景にまで踏み込んだ、一人一人を大切にする教育を進めてきました。「勉強が苦手」「基本的生活習慣の定着が不十分」など、かつて部落の子どもたちに見られた教育上の課題は、多くの取り組みを通じて大きく改善されてきました。しかし、ここ数年いろいろなところで指摘されているように、社会の変化にともない家庭の経済力や子どもの学力の格差が広がるなど、今なお厳しい状況におかれている子どもが多くいることも事実です。そのような子どもたちに、安易に「負け組」のレッテルが貼られてしまわないよう、私たちは常に目を配っていかなければなりません。
行政改革や構造改革など、改革の波は社会の潮流となり、教育における改革も急ピッチで進められています。社会の変化に対応し、子どもたちの学びの質を向上させ、たくましく生き抜く力を身につけさせるために、教育改革は大きなチャンスです。今進められている教育改革が、真にすべての子どもたちに、とりわけさまざまな課題を背負わされた子どもたちに効果のあるものとなるよう、常に自らの教育活動を検証していかなければなりません。
教育の営みは、すべての子どもたちに確かな学力を保障し、教育基本法・第1条にも示される人格の完成を目指すものです。これまでの基調提案でも、学力格差の要因の分析とそれを埋める取り組みについて、また、学校・家庭・地域の連携による教育改革について提示し、子どもたちの確かな学びや豊かな育ちについて考えてきました。
これから、子どもたちの教育を担う「学校」「家庭」「地域」それぞれの「教育力」について考えていきます。今、子どもたちがおかれている教育課題を克服し、子どもたちの確かな学びと豊かな育ちを実現していくためには、「学校」「家庭」「地域」それぞれの役割をもう一度原点に立ち返って見直し、それぞれの教育力をより一層確かなものとしていくことが大切です。現在取り組まれている先進的な教育実践にも学び、それぞれの果たすべき役割やこれからのあり方について、私たち大人が子どもたちのためにできることについて考えていきましょう。
2 学校の教育力
学校教育とは、単に就学の機会を保障するだけではなく、社会的に不利な立場にあったり、経済的に余裕がなかったりする家庭の子どもたちに、実質的な教育の機会均等、つまり教育的成果の平等を保障することこそが重要であるといえます。ところが、小学校や中学校では、学習に集中できなかったり、まわりの子どもたちとうまく関係を作れなかったりする子どもの中に、部落の子どもたちが多く見られるのはどうしてでしょうか。
まず、子どもたちの「ことばの文化」というものに注目したとき、部落の子どもたちは「話しことば中心の文化」であることに気づきます。これは生活や仕事に深く根ざしており、長い年月を通して生み出されてきたものです。
低学年における簡単な文章の読解については、さほど差は現れてはきませんが、学年が進むにつれて、幼い頃より「書きことば中心の文化」の中で育ってきた子どもたちと、「話しことば中心の文化」の中で育ってきた子どもたちとの間に明らかな差が生じ、これが算数の文章問題を解く力などの差へともつながっていきます。さらに、抽象的・論理的な思考が求められると、その差はますます広がります。そして中学生においては、各教科の知識・理解についての評価の差はさほど見られませんが、思考・判断についての評価に明らかな差が見られることになります。
この子どもたちの「ことばの文化」の差を理解し、意識的に学校という場で子どもたちに「書きことば中心の文化」に慣れさせる必要がでてきます。学校という公共の機関の中で、家庭とは違った生活を体験し、日常化していくことが重要なのではないでしょうか。それは普段の「ことばづかい」や「あいさつの習慣化」などの取り組み、「適切な服装」や「遅刻をしない」などの家庭外の社会を意識した生活習慣の確立にもおよぶ取り組みとなるでしょう。この取り組みは、言葉でのべるほど簡単なものではありません。それぞれの子どもたちの実態や家庭の実情もあるので、最初は拒絶反応をおこす子どももいるかもしれません。ですから、子どもとその家庭の正確な実態の把握と、それに応じた個々の取り組みがまず必要となります。そのために、学校内での教師間の情報の交換と意識の統一、保育所や幼稚園なども交えた保・幼・小・中の連携、家庭訪問による保護者の理解と協力の要請なども当然、必要となるはずです。
次に、子どもたちの人間関係について考えたとき、部落の子どもたちが安心して自信をもち、主体的に学校生活を送れるようにするためには、人権教育の充実と自尊感情を育む取り組みが常に行われなければなりません。
そのためには、小学校・中学校それぞれで行われてきた人権学習の取り組みを、小中連携によって、子どもたちの発達段階に応じた小中9年間の計画を再構築する必要があります。また、人権を視点として、学校行事・教科学習・道徳の時間・総合的な学習の時間・学級活動・児童生徒会活動などのさまざまな機会を捉えた各学校独自の人権学習カリキュラムの開発も重要です。そして、これらの取り組みを、経験の豊富な一部の教師だけで作りだすのではなく、より多くの教師が作成に関与することこそが、個々の教師の人権意識向上と指導の力量を引きあげ、ひいては学校全体の教育力の向上につながるのではないでしょうか。
さらに、自ら同和問題を解決しようと考え、行動できる子どもを育てるためには、まず、自分自身が「かけがえのない存在」であり、「大切な存在」であると肯定的に自分の存在を意識すること。つまり自尊感情の形成が必要となってきます。しかし部落の子どもたちの中には、自分に自信がもてないといった自尊感情の形成が不十分な状態も多く見られます。自尊感情を育てるためには、周囲から期待されたり、励まされたり、ほめられたりといった温かな環境が必要なのです。子どもたちの課題克服の取り組みにおいても、まず大切にしなければならないことが、子どもの良さを評価し認めることなのです。さらに、その中で、子どもと教師の間に信頼関係が生まれ、子どもの支援者として認められることになるのです。
また、子ども同士の関係も自尊感情の育成に重要となってきます。そのためには、学校の中で、一人一人の「ちがい」を認めあえる集団づくりを実現させなければなりません。これは同和教育が従来から大切にしてきた基本的理念でもあります。「自己から他者へと理解を深めていく発達段階を考えた集団づくり」「人の話を聞く、自分の思いを話すといったコミュニケーション能力の向上の取り組み」「互いを評価し認めあえる学級活動を年間の計画に意図的に取り入れていくこと」などが考えられます。しかし、こういった取り組みについても、やはり一人の教師の力だけでは限界があります。義務教育の9年間を、小中連携を前提として効率的かつ計画的に進めていかなければならないでしょう。ここでも学校すべての教師が関わり、他校の実践例の情報収集なども積極的に行い、子どもたちがより良く育つ学校環境づくりを進めなければならないと考えます。
3 家庭の教育力
同和教育は、部落の子どもや親の現実の生活に出合い、そこにある差別の現実から教育課題を見い出し、課題解決に向けて、より個別的・具体的な方策を打ち出し、家庭の教育を支援することを大切にしてきました。
今日の社会においては、さまざまな家庭事情により非常に厳しい状況に置かれた子どもが多くいます。このような状況の下、今一度家庭が子どもの教育に果たす役割の重要性を確認し、教育力向上に向けて取り組んでいく必要があると考えます。家庭の教育力とは、子どもの自立や学力向上に向けて、子どもへの関わり方や保護者が果たすべき役割を自覚し、実践していく力であると捉えることができます。家庭の教育力は、家庭のみで自然に向上していくものではありません。学校と家庭が、家庭訪問等で密に連絡を取り合うと同時に、学校の家庭への適切で効果的な働きかけが必要不可欠になってきます。そのような支援を進めながら保護者が果たすべき役割として、「基本的生活習慣の確立」「家庭学習の方法と習慣の確立」「将来展望の実現に向けての支援」「豊かな人権感覚を育むこと」「自然・芸術分野への契機作り」ということを大切に考えていく必要があります。
一つ目は、「基本的生活習慣の確立」ですが、これは自立や学力向上への基本であるといえます。「早寝早起きをする」「必ず朝食をとる」といった規則正しい生活を送ることが、体調面の安定はもちろんのこと、精神面の安定にも重要な役割を果たすのです。また、自分の身の回りのことは自分でできる力をつけることも大切です。これらのことが土台にあってこそ、自立や学力向上を目指して、意欲的に取り組んでいくことができると考えます。
二つ目は、「家庭学習の方法と習慣の確立」です。親として、学習予定表や連絡帳、家庭訪問などを通して、「今、子どもはどんな学習をしているのか」「どこにつまずいているのか」ということや、授業参観・懇談会に参加することで、情報収集したり、他の親と情報交換したりする中から、「親としてできることは何か」などに関心をもち、その子どもに応じた関わり方を考え、見つけ出すことが大切です。また、場や条件によって意欲を持たせたり、減退させたりする場合があるので、家庭学習を成立させるためには、学習机、照明、教科書・ノート・辞書類の有無、家族の姿勢、意欲が増すような励ましなど、物的・人的な整備が重要になってきます。
三つ目は、「将来展望の実現に向けての支援」です。親として、自分の子どもが将来進みたい方向に進むことを願っているのは間違いありません。しかし、そのために親として、どう支えていけばいいかということに頭を悩ませているケースが多く見られます。親が子どもに、将来に関する多様な経験や情報を与えていくことが大切です。学校と親が連携を取りながら、高校とは、大学とは、専門学校とは、どんなところか、どんな勉強をするのか、費用はどれくらいかかるのか、どんな資格がとれるのかなどを、きちんと認識しておく必要があります。
四つ目は、「豊かな人権感覚を育むこと」です。家庭は、子どもの豊かな人権感覚を育む場でもあります。同和問題をはじめとするあらゆる人権問題に対する親の姿勢は、子どもの人権感覚に大きな影響を及ぼします。子どもの人権感覚を、より豊かにするためにも、家庭でも日々の生活の中で、「相手を思いやる」「言葉づかいを正しくする」「あいさつをする」「約束を守る」「マナーを守る」など互いの人格を認め合い、互いの人権を大切にし合えるように心がけていくことが必要です。また、学校においても、部落の親が懇談会に出席することで、部落外の親と語り合う機会が生まれ、多様な考え方に出会い、子どもを支える家庭のあり方を見つめ直すことにもつながるのです。
五つ目は、「自然・芸術分野への契機作り」です。部落の子どもに、多様な経験を積ませ、豊かな心を育むために、家族で山や川などに出かけて自然とふれ合うことや動物園・植物園・美術館・博物館・図書館・資料館などに足を運ぶことはたいへん有効な手段であるといえます。また場合によっては、子どもの進む道に影響を与える可能性も出てきます。
親自身の生き方や子どもへの関わり方は、子どもの自立や学力向上に大きく影響します。家庭の教育力の重要性が叫ばれている今日、学校と家庭は、それぞれ子どもの教育に果たす役割を明確にしつつ、手を取り合いながら、子どもの自己実現に向けて取り組みを進めていく必要があります。
4 地域の教育力
(1)地域の教育コミュニティの創造
これまで、同和教育は人と人との結びつきを大切にし、地域と連携しながら、子どもたちを見守り、育んできました。また、学校の教育は、地域にも支えられてきたことは言うまでもありません。しかし、最近では、部落外への人口の流出、部落内での高齢化といった深刻な問題が進んでいます。このような問題が、今まで部落の子どもたちの育ちを支えてきた人と人との結びつきを希薄にさせ、地域の教育コミュニティに影響を与えています。そこで、学校と地域が一体となって、地域の子どもと大人のつながり、大人と大人のつながり、つまり教育コミュニティの広がりを創る取り組みを進めることが大切になってくるのです。
例えば、現在、多くの学校では地域教材を取り上げ、フィールドワークにでかけたり、ゲストティーチャーを招いて、祭りや伝統行事などの文化を学んだりしています。あるいは、地域の指導者と和太鼓の演奏を一緒にしている学校もあります。また、地域の大学生が教育ボランティアとして、小学校や中学校の学習や部活動に関わることも増えてきています。これらは地域の教育力を学校の教育活動に生かし、地域の子どもと大人がふれあうことを通して、子どもの育ちを支えています。また、学校・家庭・地域が協力し、多くの人を巻き込んだ同和問題をはじめとするあらゆる人権問題解決のための文化の集いが行われています。これらは、人々の交流を広げ、新たな教育コミュニティを創っています。このように学校や地域の活動を通して、人と人との結びつきを創り出し、地域の教育コミュニティを創造していかなければなりません。今、「子どもを育てる」という目標に向かって、学校と地域が協働することが求められているのです。
今後さらに、地域の教育コミュニティの輪を広げる具体的な活動を展開していかなければなりません。そのために、学校は子どもが学ぶ場としてだけではなく、地域の人々がつどい、そこからさまざまな文化が生まれてくる地域の中心的存在となり、また、地域の人々、保護者が参加する取り組みを展開し、学校の教育活動をともにつくっていく必要があります。その一方で、学校が地域と協力したり、支援したりして、地域を活性化し、人と人との結びつきを深めるとともに、「地域の子どもは地域でも育てる」といった機運を復活させていくことが大切になってくるのです。
(2)学習施設の果たす役割
地域の教育コミュニティの創造といった観点から見てみると、地域の教育機関の一つとして、学習施設の果たす役割は大変大きいと考えられます。
現在、どの学習施設も部落外の子どもたちも含めた共同利用が実施され、部落の子どもと部落外の子どもとが互いに刺激し合い、高まり合うような取り組みが展開されています。具体的には次のような役割を大切にして取り組みが進められています。第一に「学力保障の場」です。子どもたちが、基礎・基本の学力をつけたり、自主的・主体的に学ぶ力をつけたりする学習会を行っています。さらに各種検定に向けての取り組み、音楽教室やパソコン教室などが行われているところもあります。第二に「将来展望拡大の場」です。進路相談などの支援や、先輩や仲間との絆を深め、互いに支えあえる関係を築く取り組みが行われています。第三に「人権文化発信の場」です。同和問題をはじめ、あらゆる人権問題の解決に向けて、さまざまな学習会や取り組みが行われています。研修のためのフィールドワークを受け入れている学習施設や親子学習会を行っている学習施設などがあります。
今後も、地域の教育機関として学習施設が果たすべき役割としては、次の二つのことが挙げられます。まず、人と人を結びつける役割です。学習施設の事業に、さまざまな立場の人が参加することにより、幅広い人と人との結びつきが生まれます。そのことが地域コミュニティとしての力を伸ばすことにつながっていきます。次に教育に関わる情報収集や発信をするはたらきです。子育て支援や、家庭・地域の教育力向上に向けた支援、進路に関わる情報の提供など地域の教育機関の中核としての役割を担っていくべきだと考えます。
さらに今後、解決すべき問題もありますが、昼間にさまざまな課題がある子どもたちにも開かれた活用方法など新たな利用法を議論していくことも大切です。そして、これからも学習施設設立の意義や経緯を大切にしつつ、地域の教育機関の拠点として、地域や子どもたちの実態に合わせた創造的な取り組みを進めていく必要があります。
5 結びにかえて
これまで「教育力の向上」をキーワードとしてこれからの同和教育について論じてきました。
その中には、成果の現れてきている取り組みはもちろん確かな学力を保証する実践に示唆を与えるものも提示されています。しかしながら、ここで再度考えなければならないことは、今進められている教育改革が、真の意味ですべての子どもたちに、とりわけさまざまな課題を背負わされている子どもたちにも効果のあるものとなっているかということです。
「学校の教育力」の中では、保・幼・小・中の連携の必要性と適切な家庭訪問によって、学力格差が顕著に見られる観点への取り組みを強化していくことの重要性が述べられています。同時に、人権教育の充実と自尊感情を育む取り組みが必要なこともいうまでもありません。そしてこれらは一人一人の教員の力量が向上する中で学校全体の力となって子どもたちにはたらいていかなければならないのです。
「家庭の教育力」における保護者の果たすべき役割としては、言い古されたことではありますが、「基本的生活習慣の確立」が一番に挙げられます。また、「家庭学習の方法と習慣の確立」「将来展望の実現に向けての支援」「豊かな人権感覚を育むこと」「自然・芸術分野への契機作り」なども不可欠なものです。そして、「家庭の教育力」の向上のためには、学校と家庭がそれぞれの役割を明確にしつつ、連携をとりながら進めていくことを忘れてはならないのです。
「地域の教育力」においては、学校や地域の活動を通して、人と人との結びつきを創り出し、教育コミュニティを構築することの重要性が述べられています。子どもにとって、地域の温かさに包まれる体験、自分は大切にされているという実感の中で支えられていくことは生きていくうえで大きな力になるものだと思います。また、地域における教育力の拠点としての学習施設の果たす役割も大きいものがあります。その設立の意義や経緯は同和問題との関わりで語られなければならないものです。しかし、そこにとどまるだけでなく、すべての子どもたちのためになる新しい視点での取り組みの創造も早急に求められています。
以上三つの「教育力」について見てきましたが、これらは相互に有機的に働いてこそより効果を発揮するものです。
2007年度開校予定の下京中学校は、同和地区を含む中学校とそれ以外の4校の中学校が統合されます。一口に統合といってもここに至るまでの過程は決して平坦ではありません。いや、今も多くの課題が残されているのも事実です。そんな中、さまざまな取り組みが学校・家庭・地域から発信され、交流を行ったり合同で行われていたりします。例えば、同和問題学習を共通の指導案で行うだけではなく、5校合同で学習する形態などもその一つです。また、円滑な統合に向けた地域の方々のさまざまな活動も進められています。この現在進行中の、多くの関係者の努力を要する事例などはまさに三つの「教育力」が相互に関連してよりよいものを目指しているひとつの姿だといえます。
本研究集会では、あくまでも同和教育で培ってきた理論と実践を大切にしながら、部落で見られる傾向は部落外でも見られるものとの視点を持ち、普遍化していく取り組みを創造していかなければなりません。教育条件の圧迫されている子どもたちが確かな学力を、今を、将来を生きる力をどうつけていくのか、ここに焦点をあてて論議を深めていこうではありませんか。