会場 大谷大学2号館2201教室
このテーマに向けて会場の皆様と共に考え、意見を交わしたいと思います。各学校・各職場における世代交代が進む中で、先輩教員から学び、若手へ引き継ぐべき教育及び啓発活動について、実践されている取組等を通じて、広く深く考えていく協議を進めます。
司会 村上 謙一(京都市中学校教育研究会人権教育部会)
基調講演
井上 新二 (元第三錦林小学校長)
パネルディスカッション
コーディネーター 北村 淳(京都市立中学校教育研究会人権教育部会)
パネラー
吉田 壽史 (京都市立中学校教育研究会人権教育部会)
阿部 三郎 (部落解放同盟京都市協議会)
中野 真吾 (京都市小学校同和教育研究会)
野村 達哉 (京都市小学校同和教育研究会)
はじめに・・・司会 弓削雅哉さん(中人研)
・挨拶、および討議の進め方についての確認
講演者の紹介・・・責任者 井川勝さん(小同研)
・井上新二さんの略歴の紹介
井上 児童養護施設「京都聖嬰会」の施設長を4年間務める間に、教員生活では会得できなかった保護者の立場で子どもを見つめることができた。子どもに学力保障として目指してきたものは何なのか、全体をおしなべて見たときの同和地区児童・生徒の「低学力」という状態は何を訴えていたのか、『マイナスの連鎖』とは何なのかを講演の中でお話したい。
様々な取組の中で、同じ教室で同じ教育を受けているのに、格差が生まれてしまうのは何故なのか?教員は、学ぶことが得意で成功した人。子どもたちは学ぶことが苦手であるかもしれない人。その間には大きな溝がある。果たして、教員は『学び切ること』まで教えることができているか?
かつては「学力向上を至上目標」としなければならなかった現状があったが、教え子の中に、大学進学まで果たしたにも関わらず、「大学進学がゴールと感じた。」と息切れして中退してしまった教え子の言葉が、その後の教員生活での子どもとの関わりを見つめ直させた。
資料の『学力の樹』のうち、Cの『樹の根』に当たる学習の根幹を支える力(関心・意欲・態度)を耕すことが重要である。「思考と言語」の関係では、小学校低学年から中学年にかけて学力に対する言語の果たす役割が、加速度的に大きくなる。『操作言語様式』とは、理屈で話すことであって、テストや文章表現に求められる。『談話言語様式』とは、感情で話すことであって声の大きさや、トーンの違いも含まれる。授業では、『操作言語様式』が用いられるが、『談話言語様式』に慣れた子どもは、学力を高めるときに妨げとなる。
「京都聖嬰会」で出会った生徒が、「勉強して何になるの?」や、保護者からも引き離されて、「真っ暗闇に入れられた人の気持ちってわかる?前を向いているのか、後ろを向いているのか、立ち止まっているのかさえわからない。」と訴えた子どもたちの姿を見るにつけ、『マイナスの連鎖』を断ち切ることを真剣に考えた。『マイナスの連鎖』を断ち切ることができる術を上げるとすれば、
①人生の主人公は、子ども自身であること。・・・自信を失いかけている子どもに強い信念を持たせることの大切さ。
②「教える」と「学び切る」の溝を埋めること。・・・いかに「学び切る」ことへ橋渡しできるか。授業改善に努め、学びの「つまづき」を予想して、どれだけ指導の手立てに繋げることができるか。
③子どもに寄り添うことができるか。過去・現在・未来にまで寄り添う覚悟が必要である。
『一人一人を徹底的に大切にする教育』と謳われるが、かつての教育の歴史を振り返ると、必ず一人一人が大切にされなかった時代に踏み当たる。真の意味で、『一人一人が大切にされる教育』を目指さなければならない。
(休憩後、司会から、パネルディスカッションのパネラーとコーディネーターを紹介。)
北 村 『マイナスの連鎖』を断ち切るために、教育として何ができるのか?をパネルディスカッションで論議したい。自己紹介と講演の感想を兼ねて、パネラーから一言ずつ話してほしい。
中 野 井上先生の「真っ暗闇に入り込められた」という生徒の言葉の重みをかみしめ、自分はどれだけ子どもに寄り添っているかを考えさせられた。
吉 田 マイナスの連鎖を断ち切るためには、「チームワーク・組織力」が欠かせないと感じる。それは、信頼によって成り立ち、必要不可欠な要素であると考えている。
野 村 「教える」と「学び切る」との間にある溝が埋められているか?を問い直す時、漢字検定を突破することで言語能力の育成を目指して、子どもと取り組んだが、試験当日に子どもは欠席してしまった。学力の根っこにあたる力を育てられなかったのではないかと反省する。
阿 部 改進地区の児童・生徒の実態と様子について、改良住宅を出て、地区を離れた家庭は、収入は得たけれど、学力の高まりに結びついていないのは何故か?を問い続けてきた。地区には、文化資本(文字文化)に触れる機会がやはり少ない。学力的に厳しい生徒の背景を知るためには、やはり家庭訪問が必要ではないか?
中 野 学力の根をはるために、必要な土壌にあたる家庭・地域の力が、大きいのではないか?
北 村 土壌にあたるものに、学校も含まれるのではないか?
吉 田 地域の方々と「つながる」ために必要な家庭訪問であって、進路保障の実現のためには、家庭の経済面や生活面の現状に踏み込まないと実現できないと感じている。
野 村 学校現場では、「縦のつながり(先輩から後輩へのアドバイスや忠告)」は少なくなっていると感じつつも、「横のつながり(学年担当の教員同士の情報交換)」などは高まっていると感じている。学力を支えている教科学習以外の家庭の様子などを知り得るために、家庭訪問は必要である。
吉 田 授業の工夫改善も、学力向上のためには重要な要素である。どこまで不得手な子どもの理解につながる手立てを打てるかが大切だ。「できる」という自信の積み重ねが、学力向上に結び付くのではないかと考えている。
北 村 志水宏吉さんの「つながり格差」という定義が、マイナスの連鎖に大きく関わると考えている。離婚率・持ち家(三世代)率・不登校率が大きな要因であると分析された。これまでは農村と都市で比較した都(と)鄙(ひ)格差であると言われてきたが、親・祖父母・生徒などの間での「つながり」が強くあれば、学力も向上する可能性があるというデータが示されている。
阿 部 かつて私自身が、中学校での進学促進ホールでの学習を経験したときは、プリント学習を中心とするものであった。井上先生のお話に出てきた卒業生と同じように将来展望や目的意識は持ちづらかった。特に、保護者同士の結びつきの大切さや情報の共有が大切だと感じる。志水宏吉さんの研究の報告にある、社会関係資本として保護者同士のつながりの大切さや、文化的資本として子どもを励ます人間関係が豊かであるかということを振り返るとき、身近な姿勢を示してくれたのは、常に先生(教員)であった。
北 村 社会的包摂という学術用語もある。人間同士の「つながり」で「包み込む」ことを指すが、学校現場にその力が必要ではないか?
吉 田 子どもにとって、自分の居場所があるという安心感や信頼感は学力向上に欠かせない。
野 村 教員同士にとっても、「つながり」は大切であると感じる。
北 村 先ほど、学力の根っこを育むために、土壌を耕すことが大切だと話題が出たが、どう考えるか?
吉 田 学力をつけていこうとするために、必要になるものは何かを考えると、環境を整えていこうとすることは自明なのではないか?
中 野 目の前の子どもが何を必要としているのかを見つめるときに、マイナスの連鎖を断ち切ろうという行動が生まれるのではないか?
野 村 「寄り添う」を、3つの時系列(現在・過去・未来)で獲得できるとき、子どもを切り捨てずに、前進させられるのではないか?
阿 部 マイナスの連鎖を断ち切るには、先ず子どもを変えていくこと。教育条件を十分に整えられない親のもとに子どもを帰しても、子どもを変えることはできない。そのとき、先生方も孤立してしまわないように、教職員としての「つながり」も大切になってくるのではないか。
井 上 子どもの学力を支える力を考えるとき、「京都聖嬰会」での子どもの言葉「私なんか、生まれてこないほうがよかった。」を聞いた時、自分の高まりや進歩を『心から喜んでくれる人』がいること、良くないことをしたり失敗したりした時に『心から悲しんでくれる人』の存在が、その子の生き方を大きく変える事例を見てきた。授業を改善しようとするとき、学び上手な子どもではなく、学び下手な子どもの「つまづき」を予想して、手立てを用意する授業づくりが大切だと考えている。
(フロアー、音羽川小学校より) 第三錦林小学校時代に井上先生と出逢い、音羽川小で同じ取組をしようとした。不得意な子どもに支援する言語能力育成プランを実施し、成果を上げてきた。『音羽川検定』としての実践は、学力の向上にもつながった。
(フロアー、改進支部 柳生さん) 家庭での教育力をのぞめない子どもはどこに行けばいいのか?自分自身は事務系の仕事に就きたいという夢や願いが家庭状況で困難になったとき、恩師の励ましに支えられた。家に帰っても夢や希望を持てない子どもは、見捨てられてしまうのか?帰る場所は学校しかないのだと思う。『一人一人を徹底的に大切にする教育』という言葉が、よく使われるが私はとても嫌いだった。でも、今日の井上先生のお話を聞いて、その意味が腹の底にストンと落し込めた。有り難うございました。
(コーディネーターからの挨拶、司会からの事務連絡(アンケートへの協力の呼びかけ)後、終了。)